「ラン…?」

あたりを見回しても、ランの姿がない。代わりに、式神が一体ぽつんといるだけだった
その式神は声を伝えるためのもの。伝えたい相手へ言葉を伝えるためのものだった
そして、その内容は…

「かあさまにわかれのあいさつをしてくる。しんぱいしなくてよい」




走る、走る、走る…
駄目だ、ランを女官の元へ行かせては駄目だ!
急げ、急げ!約束くらいは守ってみせろ!

必死にランの気配を探りながら駆ける。手遅れになる前に、戦いに巻き込ませないために

走った、息が詰まるほどに、足が思うように動かなくなるほどに
何度もこけてしまった。それでも、何度も立ち上がって、何度だって走った

「―――ラン!」

そうして、やっと、やっと見つけた。やっと姿が見えた。やっと追いついた

「■■!?」

驚いたランが私の名を呼んだ

「待って、まってください!それ以上は…それ以上は行ってはなりません!」
「あいさつ!あいさつしてすぐかえる!」

――ランは私に連れ帰されぬように、速度を上げて走り出した

―――今、行かせてはいけない。今、会わせてはいけない。…そんな、予感がした
必死に、手を前に出して
そのランの背中を掴もうとして
伸ばしたその手は…空を切った



「か、あ…さま…?」

その後に、ランを見たのは…女官が丁度、討ち取られるところだった



「あ、あ、あ……ああああああああああ!!!」

瘴気が、ランの体から漏れ出す
思いが、気持ちが、感情が爆発する
溢れる悲しみが、憎しみが、恨みが、抑えきれずに瘴気となって周りを満たしていく
その毒は周りの人々だけでなく…ランまでもを蝕んでゆく


私は、その中をランの元へ歩いていた
当然、瘴気が身を蝕み、身体のあちこちから悲鳴が聞こえる

それでも、歩みは止めずに

ただ前へ歩いていた。ランを止めるために、ランを救うために
足取りは重く、少しずつ、少しずつ。ただ前に前にと

この身がどうなろうとも

約束、したのだから。まだ、間に合うならば。
進めるのならば。力が残ってるのならば。そのすべてを使ったとしても

ただ、あの子の元へ

「―――ラン」

瘴気の中心。ランは苦しそうにそこにいた
…力を振り絞る。何も残らなくても良い。この子が、ランが助かるならば…



「っ!」

…寝ていたランが目を覚ます。その様子は特に問題はなさそうであった
瘴気の塊は一度、私の体へ移し、何重にもかけた結界の中へ閉じ込めた…それでも、まだ溢れ出ているが…

「…ランが無事でよかった…」

そういって、ランへ手を伸ばす…
けれども、ランは私から離れ…

「……人とは居られない」

そう、ポツリと言うのであった…

「…そっか。でも、ここじゃ人が集まっちゃうから…別のところへ移ろう。私が案内するから…」

…少し間を置いてこくり、とランが頷いた。
…きっと、ランは人が憎いだろう。母を殺されたのだ、憎くないわけがない
…あそこへ行こう。あそこなら、人は寄り付かないだろうから…



「…この森に住むといい。ここは、昔から人が寄り付かないようにしてあるから…」

その森は朝廷が何かあれば用いれるように、絶えず悪い噂を流してある森だった
上皇がいつかここに四人で遊びに行こう、と教えてくれたところだった
…いつか、四人で…

「……では、な……」

そう言って、ランは森へ入っていく
…私は見送るだけだ。何もできなかった私に、共にいる資格など無い

私はランの後姿を、寂しそうな後姿をじっと、見えなくなるまで見ていたのであった



「……それが、ことの顛末です」
「……そっか……」

やせ細った上皇は、空を見ながらそう言った

「………楽しかった、女官はそう言っていました」
「…ん、ならよかったかな…」

…何を思うのだろうか。何を想うのだろうか。上皇だって、もっと伝えたかったことはあったはずなのに…

「…じゃ、あの森は今後一切使われないように頼んでみるサ」
「…お願いします」
「さて、こんなところかな?お互い体に気をつけるようにだね!」

からからと、いつものように。…私と違って、力強く上皇は笑う

それが、上皇と話した最後だった。それから一か月ほどして上皇は亡くなったらしい



…あの森が良く見える小屋へ帰ってきた。
いつか、四人で遊びに行こうと言っていた場所へ一人で帰ってきた


横になりながら、そんなことを考える

私は、間違えた。間違えばかりだった。ランを悲しませるばかりだった

力を振り絞ったあの時から無理を重ねていたこの体はもう、動きそうもなかった

ランだけじゃない。上皇だって、女官だって悲しんだ

ああ、ここで終わりなんだなと…私は気付いた

もっと、もっとうまくやっていれば…みんな幸せでいられたはずなのに…

瞳を閉じて、後悔して…



……ああ、夢だろうか。ランの姿が見える

何故かランは泣いていて、私の名前を必死に呼ぶのであった

泣かないで…全部私が悪いのだから…


そう、言おうとして…手を伸ばして…



――夢を見ていた

その人は、後悔をしていた。大切だと思っていたものを、守れなかったから
後悔から、彼女を悲しませてしまったから。寄り添うことが出来なかったから
孤独は、何よりも悲しいことだと彼は知っていたはずなのに

…次があれば、もっと仲良く、もっと寂しさを感じさせないように出来る人になりたいと
もう、涙は見たくないのだと
笑顔で、笑っていてほしいのだと


そんな、夢を見た


私は、こんな大切な日々がいつまでも続くと思っていた 其の壱其の弐其の参 →其の肆

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