融合歴1000年
 ワールドネーム“七砂海連合”、クロマツ及びシェイクスピアの旅行について

 黄一色の、水平線すら無い無限の砂漠を、一隻の砂漠艇が征く。
乗るは黄の海を駆ける商船“信天翁号”、茉莉花船長が率いる一隻の船である。

「しかし、こうも黄一色だと飽きますなあ。
いや、極彩色で酔う海なんぞよりはマシなのですが。」

「宝石海、でしたか。その辺りでは反射光で酔い易いと聞きますね。
まあ、一等客室だけ有って見晴らしが良いとはいえ、
変わりない風景なのは確かですが。」

 一等客室から窓を眺め、或はぱらりぱらりと本を捲りながら、とりとめのない会話を続ける二人。
一人は樹人クロマツ、もう一人はその友人、アンデルセンの子孫にして、本人も腕の良い小説家にして劇作家、シェイクスピア。
樹人の方から回ってきた仕事のため、観光を兼ねて七砂海連合を訪れたクロマツと、
ネタになりそうだから連れて行け、とついてきたシェイクスピアという顛末である。


「そう言えば、かれこれ航海3日目に成りますが、島の方は良いのですかな?
大きな担当こそ無いにしろ、かれこれ細かい仕事やら手伝いやらは定期的にやっておられるのでしょう?」

「その辺りはミントさんに頼んできましたから。あの人は基本自由人ですが、一度了承したからには上手くやってくれますよ。
・・・その代わり、御土産はたっぷり買ってくる様に厳命されましたが」

「ははは、尻に敷かれておりますなあクロマツ殿。
・・・というか一等客室での旅費に加えてお土産代となると、結構な額になりますが、大丈夫なので。
いや、クロマツ殿が割りと溜め込んでいると言うのは知っておりますが。」

「一応樹人種族としての仕事も兼ねて居ますからね。
旅費は経費で落とします。シェイクスピアさんの分も“必要な協力者の旅費”という事で。」

「それで良いというなら吾輩としても否やは有りませんが、
意外と悪ですな、クロマツ殿。」

「いえいえ、シェイクシピアさん程では。」
はっはっは、と愉快な笑いが木霊する。


「・・・おや、何か見えてきましたな。あれは盛り上がった砂・・・砂丘ですかな?」


『えー、お客様の皆様、もうすぐこの客船信天翁号は、“黄の海果て付近、第三貿易島 霞外籠”への到着となります。
荷物の整理等準備の上、席に戻ってお待ち下さい!
以上、“渡し守”、茉莉花船長からでした!』


「・・・気には成りますが、もう直ぐ着く様ですし、準備が先ですね。
さて、私はこのトランクと本一冊ですが、シェイクスピアさんは大丈夫ですか?」

「ええ、ちょちょっと片付けてしまいますので。
ようやく“七砂海連合”の島ですか。いやあ筆が疼きますなあ。」
クロマツは読んでいた本に紫陽花の栞を挟み、懐へ。
シェイクスピアは思いついた儘に書き散らしていたメモをまとめ、ペンとともに袋へと。


『さあさあ乗客の皆様、さては見てのお立ち会い。
霞外籠の開港よ!』


窓から除けば船の前には巨大な、巨大な砂の半球。
おおよそにして30mにもなろうか、近づけばもはや砂の壁としか見えぬものに向けて、信天翁号は速度を下げること無く近づいてゆく。
近づく、近づく、近づく、
ああ、もはやこれまで、壁にぶつかるのみか・・・
そう、思われた頃、その半球に異常が起こる。
ズズ・・・と音を立てながら、砂が避けるように穴を開けたのだ。
丁度、砂漠艇一隻が通れる程度の穴を。


「これは・・・驚きましたな。
防護の大仕掛というものですか。」

「ええ。許された船しか通れぬ砂の守り。
大きいとは言えこの黄一色の中では見つけづらくも有るでしょうし、二重の守りという所なのでしょうね。」


そして砂漠艇は征く。異界の者を迎える島にして旅籠、“霞外籠”へと。





『はいはーい、クロマツさんにシェイクスピアさんね?
3日の道程、お疲れ様でした!
信天翁号は明日の夕方が帰りの便になるけれど、時間はそれで大丈夫?』

「ええ。それで大丈夫です。
唯、御土産で荷物が大分増えると思いますが、そちらは大丈夫でしょうか?」

『モーマンタイよ。同じ一等客室で貨物多めとすると・・・此位?』

「ふむふむ・・・ええ、その値段なら大丈夫です。払いは琥珀でお願いします。」

『んー、良い質と大きさの琥珀じゃない!ええ、之なら十分よ。
それでは又の乗船、お待ちしております!』
 良い滞在を!との声を背に受け、二人は歩き出す。


「いやあ、支払いゴチですクロマツ殿!
さて、此れからどうしますかな?クロマツ殿の仕事を先に終わらせるか、チェックインするか。」

「チェックインを先にしましょう。そう急ぐ仕事でも有りませんし、
少しばかり小腹も空きました。・・・何か買食いしながら部屋を取り、それからですね」

「うむ、吾輩も異存ありませんぞ。ああ、何か味のある飲み物も欲しいですな。
船の中では水だけですし、取水量制限もありましたから。」

「私は飲み溜めしてきて正解でしたね。
しかし、砂の殻の中であるのに、日光が届き、空が見える。
ある種のマジックミラーですか。
・・・これは、船内で売っていた日除けの服を買っておいて正解でしたね。」

「いやあ、アグレッシブな商人の方でしたな。商人と冒険者の世界、というだけの事は有ります。
まあ、砂の殻に入った時ははや騙されたかと思いましたが。
・・・“太陽は一点にとどまり続ける平面型世界。夜は定期的に発生する砂風により、太陽が覆い隠される事で訪れる”
前情報で聞いては居ましたが、実際に訪れるとこれが中々。
うむうむ、これだから実地調査はやめられませんな!」

「吹き抜けの大道を抜けて、屋根の下に入れば涼しいのでしょうがね。
しかし、屋台やら何やら、本当に賑やかだ。」

「ですな・・・おや、あれは飲み物の店ですぞクロマツどの、どうです一杯?」
「良さそうですね。隣の串焼きと一緒に買いましょうか。」


船着場から受付へと続く、吹き抜けの大通り。
島一つが巨大な旅籠と行っても、幾らか土壌が削られても良いよう余裕を持った設計としてあり、
外苑付近は床こそ敷かれて居るものの、建物の中という訳ではない。
・・・その空間には商人達が、或は小遣い稼ぎの旅行客が出店を出し、或は筵を敷き、やんややんやと物を売り買いしている。
シェイクスピアが目をつけたのはそれらの内の一つ、ひときわ良い匂いを放つ屋台であった。


その屋台には大釜と小鍋、それに肉の串で囲まれた焚き火が一つ。
牛乳が大量に入った大釜はこうこうと火にかけられて温度を保持し、
脇の小さな鍋にも牛乳が少量。
更に脇の焚き火にはジュゥジュゥと音を立てながら焼けている、大雑把に切り分けられたブロック肉の串が・・・10ばかりもあろうか。
一串当たりの肉は3切れ、合わせれば握りこぶし程の大きさにならんというボリュームである。


「すみません、之を二杯頂けますか?
それとその串焼きも二本。ええ、大きいのを。」


チャイは一杯20ペラ、串焼きは一本500ペラだよ、との返答に応じ、ペラを支払うと店主はよく焼けた串を二本とりわけ、飲み物の準備を始める。
大釜に入っている牛乳を小さな鍋に少し移し替えるや、
手元にある茶葉を無造作に一掴み、同じく小さな鍋へと。
そして少しばかり焚き火にかけて煮え立たせるや、店主は器用に茶こしを使ってコップに移す。
それをクロマツとシェイクスピアに手渡しながら


「はい、お待ちどうさん。
家のチャイと砂竜の串焼きは絶品だぜ。あんた、当たりを引いたよ。」
にやりと笑いながらチャイを受け取ったのを確認し、ほらよ、とずっしりと重い串を手渡す店主。


「いや、見るからに美味そうですな!
どれ一口・・・おお、油が乗って硬すぎもせず、それに塩が効いております。」
もぐもぐと、頬張るシェイクスピアは感嘆の声を。

「それに、此方のチャイはしっかりと甘いだけではなく、スパイスがピリリと来ますね。
口の中の油を流すにも良さそうです。」
クロマツもチャイの味にひと唸り。

「船旅の疲れも取れるというものですな!」
二人は腹を満たしながら、周囲の喧騒と並んだ品々を見ては騒ぎながら歩いてゆく。





『はい、紫陽花の間ですね?
ええ、大丈夫ですわ。
それではお荷物の方、お預かりします。
部屋は“自分の部屋に行く”と思って歩けば着きますので。』
 ここは、そういう場所ですから、と微笑む受付の女性。


「成る程・・・では、お任せします。夕食もお手伝いの人に頼めば何時でも良いとは、気が利いていますね。」

「いやあ、行き届いたサービスも良いですが、歩けば自然に部屋に着くとは、変わった所ですな!
ふふ、インスピレーションが湧いてきましたぞ・・・!」
 あ、吾輩これを書き留めるために部屋に向かいますので、クロマツ殿は仕事にどうぞ。
後で合流しましょう。と足早に歩き出すシェイクスピア。


「ええ、行ってらっしゃいシェイクスピアさん。
・・・丁度良いですね。すみませんそこのお手伝いさん。
此処に居るという“みどりのひと”の所への案内をお願いできますか?」
 お手伝いさんの案内の下、クロマツは“みどりのひと”の所へと歩みゆく。
大通りとは打って変わった静謐の中、二人の歩む音、きしりきしりと床板が鳴る僅かな音だけが響いていく。

「しかし、良い旅籠ですね。
外は賑やかで騒がしいほど、居るだけで陽気に成れるような雰囲気、
内は静かで洒落た作り、過ごせば心が休まる雰囲気。
・・・来たばかりですが、とても過ごし易い。」


『ええ!七砂海連合が誇る、自慢の旅籠ですもの!
しかし、早速“みどりのひと”にとは、彼女を通して、他の島に商談でも?』

「いえ、彼女自身への用ですね。
こう言う身ですので。」
 右手の甲よりすぅ、と木の芽が生え、枝に育ち、
軽くと左手で払う様に触れるや離れ、一本の杖へと。

『あら!あら!他の世界にも植物知性が居る、とは聞いておりましたが、
訪れるのは初めてですわ!
樹人、というのだったかしら?世界を跨いだ近親種の訪問ですもの、きっと彼女も喜びます!』

「ええ、私も仲良く出来ればと思いますよ。
・・・人との共生種族、“みどりのひと”。
人の隣人、とは異なる道を選んだ知性。ええ、話すのが楽しみです。」
聞こえぬほど微かに呟き、お手伝いさんの先導に従い歩きゆく。
杖の分だけ、一つ増えた音を響かせながら。

そして、歩いて行き暫し、
・・・行き着いたのは霞旅籠の中庭。
日は燦々と照り、水は湧き湖を作るオアシス。
その湖の縁に、旅籠の和風の雰囲気には不似合いな一本の椰子の木が立っていた。

『それではクロマツ樣、ごゆっくり。』
スカートを摘みながらの礼を一つし、お手伝いさんも歩き去る。
或は来ながら手を回してくれていたのか、此処には二人、或は二本だけ。


「それでは、失礼します。“みどりのひと”。」
そう呟き、クロマツは跪いてその左手で一本の椰子の木・・・“みどりの人”の幹に触れる。
『“”』
ざわり、と椰子の木の枝葉が一つ揺れ、その後には静寂が続く。
植物知性の特性による情報共有、それによる言葉の無い、高密度の会話と交流。
石のように、否、草木の様に、二本は身じろぎもせず話し続ける。
話が終わったのは、太陽が砂に隠れ、夜が訪れた頃であった。





「おや、意外と遅かったですなクロマツ殿!
先に始めさせて頂いておりますぞ。
ほれ、砂魚に砂竜でしたかな、之が中々絶品で。
・・・で、仕事は上手くいきましたかな?」

ネタ書きと執筆に一段落ついたのか、
既に夕食を頼み、豪華な大皿料理を摘んでいるシェイクスピア。
一緒に頼んだ酒で酔っているのか、顔色も心なし赤い。

「ええ。樹人入りは断られましたが、
良き異世界の隣人として、蜜月をと。」
 では頂きましょう、と席に座り、
勧められた料理を摘み始めながら。

「・・・あれ、一寸した交渉と聞いておりましたが、
さらっと1種族の趨勢の話じゃありませんかなそれ?
そんな重要事でしたので?」

「重要といえばそうですが、
情報と提案を持っていけば、誰が話しても殆ど変わらない事でしたからね。
ネゴシエイターではなくメッセンジャー。そういう意味では代えの聞く話です。」

「そんな物ですかな。
で、まとまった内容は話しても大丈夫なので?
いやあ、聞きたいですなあ。2つの世界の植物知性の出会いと交流、其の結果!
良いネタになりそうです。」

「そういう所は、アンデルセンから貴方まで変わりませんね。
之も遺伝なのでしょうか。
・・・ええ、隠すことでも有りませんし、良いですよ。
そうですね、先ずは・・・」
懐かしい物を見る様な目をして、盃を片手に語り始めるクロマツ。
ちょいちょい突っ込みを入れながら、盃どころか酒瓶を片手に聞き役を務めるシェイクスピア。
二人の旅人の、愉快な夜は更けてゆく。




太陽を隠す砂風が止み、更に半日程の時間が過ぎた頃。
日の巡る世界であれば、はや日が沈まんという時分となって、
紫陽花の間でふらふらと立ち上がる男が一人

「うごごご・・・ちと調子にのって飲み過ぎましたな。
・・・ええと、メモは・・・よし、大丈夫ですな。」
二日酔いの頭痛を抑えながらも、水を求めるより先ずクロマツの話を聞きながら書いたメモ帳を確認するは生粋の物書き、シェイクスピア。

「おはようございますシェイクスピア。
土産の買い物は先に済まさせて貰いましたよ。
それと、水をどうぞ。」

「忝ないですな。
で、結構眠っていた様な気もしますが、時刻は今・・・?」

「夕の入り、といった所ですね。
まあ、食べてから行く程度の時間は有ります。
先ほど粥を頼んでおきましたから、それを食べたら信天翁号に向かいましょう。」

「ありがたいですな。・・・おお、待っておりましたぞ。
それでは頂きますかな。」
丁度良く運んできたお手伝いさんに礼を言い、朝昼兼用の食事を食べる二人。


「「ご馳走さまでした。」」

「では、急ぎましょうか。
万一乗りそこねたら後一週間ですよ。
他の商船とのコネは無いのですから。」
ガラガラと荷物を山積みにしたカートを引きながら、大通りを歩いてゆくクロマツ

「此処で一週間というのも魅力的ですが、
それは今度の楽しみですなあ。
という訳で次来る時も宜しくお願いしますぞ、クロマツ殿!」
そして、吾輩も持ちますぞ、と同じくカートを引きながら行くシェイクスピア。
・・・霞旅籠から帰る客達の定番の光景。

「ええ。ちゃんと誘いましょう。
・・・その代わり今回のネタでの作品、よろしくお願いしますよ?」

「期待してくれて構いませんぞ?
良いネタが大量に集まりましたからな。これは名作が出来る予感・・・!」

「期待させて頂きます。ああ、序のこの旅行の報告書もお願いできますか?
・・・と、今晩は茉莉花船長。帰りも宜しくお願いします。」

『はい、昨日ぶりねクロマツさん、シェイクスピアさん。
霞旅籠での一日は楽しめた?』

「ええ、存分に。」

「酒も食事も見事な物でしたしな。
又来たい所です。」

『うんうん、それは良かった。
この自慢の信天翁号、帰りも、次の訪問も、快適な旅をお約束するわよー。
それじゃあお二人様、一等客室にご案内!』
パチン、と指を鳴らすとポーターがやってきて荷物を運び、
又別の船員が二人の客室への案内を始める。

そして二人が乗るや、汽笛を鳴らし、信天翁号が動き出す。
再び砂の殻を通り、砂海を渡り、懐かしき神賽島世界へと。

後は語る事も無い。
約束された通りの平穏な船旅を辿り、
大量の土産を神賽島に持って帰ってはあいさつ回り、
そんな風にして、此の度の旅行は幕を下ろしたのだった。

         ・・・著者 シェイクスピア




 おまけ

「で、御土産に何を買ったんですかなクロマツ殿?」

「ミントさんには面白グッズの類を大量に、
・・・この携帯式オペラハウスとかですね。」

「見た目は唯の眼鏡ですなあ。もしやクロマツ殿はメガネフェチ?」

「違います。これを掛けるだけで映画が楽しめる、という物ですね。
この世界の映画を楽しめる、というだけでも面白いでしょうから。」

「感性や作品は、世界毎に結構違いますからなあ。
吾輩の劇がどこぞの世界では全く受けなかったと聞いた時には悔しかったものです。
次の作品でリベンジしましたが。」

「ええ、好い売れ行きでしたね。
それでアビニィさんにはこの砂蜥蜴。
何でも何処でも生きられる生命力と卵の美味しさが売りだそうですから、拠点の家畜小屋に加えるのも悪く無いかと」

「素直に喜びそうですな。
ですがその辺りではどう考えても、この荷物の量にはなりませんが・・・?」

「後は森神・ユウカさんに砂漠の薔薇、厄神・ヒナさんと緋緋神・シャナさんには万能星欠という金平糖、アンドリューさんに黒砂海の呪毒の小瓶。フェリスさんには堅焼きパンのレシピ
・・・そして、大量のラムと清酒ですね。」

「酒ですか。」

「何だかんだ、皆で騒げるものが一番ですからね。
ダーリヤさんに預けて、宴会の時にでもまとめて開けてしまいましょう。」

「まあ、それが一番かもしれませんなあ。
ついつい深酒がすぎる位には美味しかったですし。」

 今度こそ、おしまい。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます