「ゴホ、ゴホ…いやぁ、わるいねぇ…」

咳をしながらそんなことを言う上皇。心配そうにランが見つめている
上皇は今、体調を崩している。それでも民へ心配をかけないよう公の場では元気そうに振舞っている
あまり無理をしては欲しくないのだが…それで止まらないということは私達二人が良く知っている
なので、このように休めるときに休んでもらっているのだ

「まあほら、これでもみんなからはよく見られてるからね。こうやって頑張るのもボクの仕事のうちってわけサ」
「それで倒れたらしょうがないでしょうに…」

あっはっはっは…とからから笑おうとするが、元気よく出来ていないのは一目瞭だ
しかし、ゆっくりとしていけば体調も治るはず…そう私達四人は思った


それは、間違いだった
私達の…いや、私の間違いだった
もっと重く見るべきだった



上皇が流行り病に罹ってしまったのだ
私達はおろか、朝廷の医師ですらどうすればよいのかわからない病だった

私と女官は日々連日連夜調べまわった。様々なことを試した。心配そうにしているランをなだめながら、私達は走り回った
けれども、その成果は上がらず、上皇の状態はますます悪くなる一方だった
それでも、私達は諦めずに走り回ったのだ

終わりが近づいているなど知らずに

ある日、告発があった
この上皇が患った病は女官が原因だと
女官は妖狐で、上皇に害をなしているのだと

もちろん私や上皇はそのことを否定した
女官がそんなことをしている訳がない、と
けれども人々は私たちが女官に化かされているのだ、と信じようとはしなかった
そして、人々は私の地位を解き、女官を追放したのであった
私は上皇に会うことも叶わず、ランは女官に連れられ森へと逃れた

勿論、上皇の体調が治るはずもなく、日々悪化するばかりであった
そうして…私達の必死の抗議も叶わず、女官の討伐軍が結成されてしまったのであった…



「―――なので、一刻も早くここを離れてください」

討伐軍の情報を聞いた私は、いの一番に女官の逃れた森へ駆けつけた
元々、何かあればここへという話をしていた場所だ
討伐軍はもうこの森の付近まで来ている。だが、今なら逃れることが出来るだろう

「そうですか…ですが、それはできませんね」
「っ!何故ですか!」
「…大陸でも追われ、ここでも追われ…もう、逃れる場所なんてないんですよ。ここで逃れれば日の本は妖狐を滅ぼそう、となるでしょう」

化物を滅ぼそう、と。…女官は、自分達を化物、と呼んで…

それなら、と

「…私がここで討たれ、終わらせることにしましょう。そうして、ランが穏やかにここで過ごせるように…」

そう言って、女官は笑って見せた。何も知らずに寝ているランを抱きしめながら、そう言って見せた

「…私が、出来ることは…」

声を振り絞って…そんなことしか言えなかった。…私は、無力だ

「…ランを頼みます。それに…あの人に、楽しかった、と伝えて貰えれば」
「…約束する」

それが、私と女官との最初で最後の約束だった。もっと、もっと言ってもいいのに。
もっと責めても、もっと要求しても、もっと伝えても…よかったのに…
だって、上皇に伝えたいのは楽しかった、だけじゃないだろうに…

私は、無力だ。何が陰陽師の中でも一番の実力、だ。何も…できないじゃないか…



「…ん…あれ、かあさまは…?」
「することがあるからって。また、いつか会おう、って」
「んー、そうかぁ…」

どうやら女官はやんわりといつかは離れることになる、とランに伝えていたようだ
…こうなる、と私が伝える前から分かっていたようだ

町についた私は、陰陽術でランの耳や尻尾を隠しながら宿に泊まっていた。周りからは親子にしか見えていなかっただろう

「…これからは私と暮らすことになるけど、ランは妖狐であることを知られないようにすることだよ?知られてしまったら一大事になるからね」
「わかった!」
「あと、勝手にどこかに行かないように。私も心配するからね」
「…わかった!」

…少し間が気になったのだが、私の方から気に掛けることにしよう

……今頃、戦いが始まっているのだろうか……そう思いながら、私達は寝ることとした

寝る前に部屋に結界を張る。誰かが入ってしまい、ランが妖狐だと知られないために。
また、ランが部屋から勝手に出ないように、である
これで大丈夫…そう思って私は寝たのであった


これが、二つ目の間違いであった
ランの力量を見誤った。ランは私が思っていた以上に力を持っていた
目が覚めた私の隣にはもう、ランの姿は無かったのであった


私は、こんな大切な日々がいつまでも続くと思っていた 其の壱其の弐→其の参→其の肆

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