嫌な予感はしていた

大国が姫達の国を飲み込むであろう…それは何となくはわかっていた

しかし…姫自身が、儂は戦に干渉せぬように約束をさせたのだ、姫も現状はわかっているというのに

人は人の世の物…儂もわかっておる…代わりに姫とまた会おう、と約束をさせた
儂が鍛えた三人だって、なによりあやつだって居る…だから大丈夫だと

そう、自分に言い聞かせた。不安を押しつぶすために

しかし、あと少しで姫ともあやつとも合流できるというところで、
儂は三人から大国が忍びを放ったとの情報を得たのであった


儂は待てなかった。姫を、あやつを迎えに走った
式神を使い、二人を探し、全力で駆けた

そうして、あと少しというところで…儂は姫が刺されるところを見たのであった



その直後の事はよく覚えている
昔のように…自分の奥深くからどす黒い、憎しみや恨みや悲しみや…
そんなものが混ざったナニカが儂を包んで、怒りのままに拳を振るった
抑えきれない感情を振り回して、殺して殺して殺して…

そして、僅かな姫の温もりと…

「あはは…泣かないで?ラン。私が選んだことだから…」

最後の言葉を、よく覚えている



嗚呼、何故世は理不尽なのだ

僅かばかりの幸福を、暖かみを、大切の者を、何故奪うのか

何故姫は死なねばならなかった?死ななければならぬ道理などないはずなのに

…憎い…人が、国が…嗚呼、世が、何もかもが憎い

憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎



…それでも、だ

母様は最後まで人を愛していただろう
何故なら、あの人達だって人であったのだから
未練もあっただろうが…きっと、後悔はしていなかっただろう

姫は恨んではいないのだろう
何故なら、姫は平等に愛し、公平に考え、慈しむ人だったのだから
自分を殺したものでさえ許すのだろう…最後の顔は、穏やかだったのだから

儂は…恨む
恨みもする、が、全てを恨みたいわけではない
何もかもが悪しきものでないことは知っているのだから

だから…恨みたくはない、恨みたくはなかったのだ

しかし…この衝動は止められず、抑えきれずに溢れ出る

儂では止め切れない…儂以外の誰かでなければ、止めることは出来ない


この時、儂は幸運だと思った

きっとあやつなら儂を殺してくれるだろうと思ったのだから



「…ようやく来たか…のう?■■■■」
「……」

正気を失いかけながらも…あやつは来た
あと少しでも遅れていたら儂は儂というものを失い、全てを壊そうとしていただろう

「あと少しでも遅ければ人里にでも下りて暴れようかと思っていたが…」
「…ああ、師匠…ここなら誰の邪魔も入らない…誰も巻き込まない」
「…そんな事、どうでもよかろう?」

嗚呼、早く…早く早く、止めてくれ
この身は既に抑えきれず…こうして変化してしまっているのだから

「では…始めようかのう。殺して見せよ、儂を、儂という悪狐を」
「…始めよう、師匠。俺と、師匠の…初めてで最後の、戦いを。…そして、止めて見せるさ」

そうだ、頼む…儂を、儂がまだ儂であるうちに…


そう、期待していたのに



「…ハッ、どうやら今宵が山場のようじゃな」
「…あれから五年、よくもそれ程になるまで動き回ったものじゃのう?なあ。“頭領”?」
「儂を縛り、多くの忍びを殺し、戦の孤児を拾い…儂にはお前が何がしたかったのか、まったく分からんよ」

戦いの後、あいつはただひたすらに駆けまわった
只の装置かのように、何かを目的とした機構かのように
おかげで里が出来上がり、あやつは頭領と呼ばれるようになっていた

呪術など教えるべきではなかった
今も尚、儂を縛っている首輪に触りながら、そう思った

「おかげで儂は死にぞこなったがのう…お前はこうして死ぬのだろうがな」

この首輪は儂をこの地へ縛り、自由を縛り…ただ、生きることしか出来ぬようになった

「…ああ、後はあの三人がまとめるそうじゃな。あれも儂の弟子故、この里は維持できるじゃろう」

痩せ細ったあやつを目の前にして…

「…また儂は置いて行かれるのじゃな…いつもの事ではあるが…」

…いつもの事だ
あの時も、そうなったのだ。今に例外が起こるわけがない
いつだって、この時は来るのだと…そう、思いながらも…

「――見届けられるのは、幸せではあるのじゃろうなぁ…」

とても辛くもあるが…別れを伝えられないよりも、良いことである
…儂は母様にも、上皇にも…別れを伝えることは出来なかったのである
不幸中の幸い、であろうか?感覚が麻痺しているのやもしれない
それでも、だ

あやつは馬鹿弟子であった。姫を助けられず、儂を縛り、苦しめたのだから
しかし、恨みはしない。あやつがいつも精一杯であったのはよく見ていたのだから
願わくば、あやつが安らかに眠れることを祈るばかりである

最後に、伝わっただろうか
儂の別れの言の葉は伝わったであろうか
それを知る者はもういない。弟子であったあやつはもういないのだから



最後に、あやつの名前を書き記そう
いつまでも忘れないように、ここに書き記そう
彼の名前はフジキド、儂の弟子であり…後に“影”の初代頭領として語り継がれる者である


俺は、この大切な人たちを守りたいと思っていた 其の外壱→其の外弐
妖狐の記憶 And the fox will be alone

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