儂が友と思うのは過去に一人。儂がまだ自由であった頃の人物だった
その頃の儂は森の中に一人で住んでいた
何故そんなことになっていたのかはよく覚えている
母と、人と共に生き…そして儂一人残ったということだ

その頃の儂は多少は怖さを克服できていたが、まだ人と会おうとは思わなかった
大抵は一人で過ごすことが多かった

一人、寂しく。時々森へ迷い込んできたものを、森の外へ導き。…そのような日々を送っていた



ある日の事だ、懐かしい気配を感じた気がした
いの一番で駆け下り、確かめようとした
そんなわけがないのだと知りながら、ありえないのだとわかっていながら
…看取ったのは、誰でもない自分だったというのに

…そこにいたのは人間だった。だが、儂の知らぬ人間だった

これが、私の友と…あやつとの出会いであったのだ



正直言えばその時の儂は焦っていた
何せ人が同時に五人も居るのだ、恐怖以外の何物でもなかった

「な、何だこいつ…化物か!?」

そのようなことを言われながら刀を構えられれば…身の危険から身体が勝手に動くというものだ
制止など間に合う訳もなく、それでもなお限界まで減速させようとしたが…
結果は人一人吹き飛ばすこととなった。人と儂の違いなど理解していたはずなのに

「…ふむ、無礼ではないか?」

やってしまった、と思いながらも高圧的に出ることで誤魔化すこととした
自分の感じている恐怖にも嘘をつくように

幸い人間のうち三人は気になることを言いながらも去って行った
残りは二人、それに人一人吹き飛ばした化物へ、まさか近寄っては来まい…
これで恐怖も抑えられるか、と思っていたが…甘かった

「貴方、助けてくれてありがとね!」

そのまさかだ、無警戒で駆け寄る彼女は何も考えていないのではないかと思うほどだっだ
混乱しながらも儂は

「…別にお主を助けたわけではあらん。お主もあのように吹き飛ばされたいか?」

と振り絞るように威圧したが、

「んー、それは嫌ね!でもお礼は言わないと駄目と思ってね!」

そう言って…ありがとありがと!と手を握ってきたのである

唐突に、手を、触られて…何も考えられず、その手を払うことさえできなかった

恐怖がこの身を包み…苦しくも感じた…

だが…久しぶりに温かみを感じた

最後に手を握ったのはいつだっただろうか、こうして人と触れ合うのはいつ以来であっただろうか

「……ふん……」

何だが顔を合わせるのが恥ずかしくなり、目を背ける
するとちょうど残ったもう一人と目が合った

「…あの、なにか…?」

…何故だろう、この人間とは何処か…いつか、会った気がした
しかしその顔には見覚えは無く、おそらくは気のせいだったのだろう

まあ良いか、とひとまず握りっぱなしであった手を放してもらえるように
彼女に話し、そこから長く話し込んでしまったのだが…
ああ、他愛もない話だ。書き留める必要も無かろう



それから儂の生活は変わった

彼女…我が友なる姫がよく森へ遊びに来るようになった
儂は最初は邪険に扱ったが、それでも姫は諦めることなく通い詰め儂が折れる形となった
おかげで人と会うことは怖くは無くなったが、素直に認めるのも癪であったので否定することにした

「女の子は可愛くなくっちゃ!」

と着物を着せられたこともあった。無論儂は抵抗したがそれで収まる姫ではなかった
仕方なく着てみればちょうどそこへ修行に来たあやつが顔を紅くしていた
よくわからなかったが風邪ではなかったらしい、あやつが風邪をひくなど稀であったが


先に去って行った三人は後に探ってみたところ、病気の小娘がいるようだった
小娘は幼いながらもとても辛そうだったので仕方なく薬草をこっそり置くこととした
…昔、儂も同じような経験があった。母様によく効く薬草を教わっていたのが功を成した
その後何故か三人には感謝されるようになってしまった
姿など見せていなかったので儂の仕業など分かるはずもなく儂は幾度も否定しておったのに、
三人は認識を改めることは無かった。最後はまあ良いかと儂が諦める形となった


…あやつは儂に修行を付けて欲しいと言ってきた
姫と触れ人に慣れた儂は姫からの願いもあり、特に断る理由もなかったので師となる事とした
不思議と陰陽術だけは素質がなく、不可思議な奴であった
ただ、体術や頭の出来は悪くなく陰陽術以外を伸ばしてやることとした

……あやつはよく成長した。見違えるほどに成長した
いつかは儂と並ぶ…いや、超えるかもしれぬと思うほどに

…最後はこの過ぎ去ってゆく世界から儂を解放してくれるかもしれぬ、と思うほどに


そう、日常は、日々は変わった
とても幸せであっただろう。昔を思い出すほどに幸せであっただろう
楽しいこと、嬉しいこと、騒がしいこと…
…良いものである…おや。良いものであった

しかし…人は人、妖狐は妖狐…所詮儂は化物なのだと実感するようになるのであった


俺は、この大切な人たちを守りたいと思っていた 其の外壱→其の外弐
妖狐の記憶 And the fox will be alone

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