…どうしてお姉ちゃんはそんなに退屈そうなの?

…それはな童、儂がこの世を生きようなんてまったくもって思っていないからじゃよ。
…退屈なだけじゃ…そのくせに、死ねないときたもんじゃからなぁ…

…じゃあさ、ボクがいつかここから連れ出してみせるよ。そうしたら退屈じゃないかもしれないよね

…まあ、まったく期待せずに待つとしよう…儂には時間は腐るほどあるからのう…

―――ボクは、彼女の目を…その虚ろな目を、不思議と変えたいと思っていた―――

「……夢、か……」

高層ビルの屋上で、男は目覚めた。22歳になる彼は今日も『仕事着』を身にまとい、いつも通り『仕事』に来ていた。
しかし、立て続けていた『仕事』を早く終わらせてしまった彼は、時間調整の為に仮眠を取っていたのだ。
――随分と懐かしい夢を見た。あの時の俺は、まだ頭領にもなっていないボク…いや、ボクでも僕でもない、中途半端なものだったかな。
そんなことを思いながら、彼は仮面を外す。…その下にあるのは紅く光る、全てを見通す魔眼。彼を『歴代最強』とする要因の一つである。

「…数、36人…情報通りだ、流石影…ってのは自画自賛だな。」

下にある一つの建物を見て、彼はそう呟く。仮面を再び身に着け…『仕事』に取り掛かる。
高層ビルから建物をめがけて飛び降り…建物の屋根をぶち抜いて大広間に着地をする。
大広間に着地した彼を、多くの『人』が取り囲み、武器を構えた。

「…ドーモ、影の現頭領です…なんてな。挨拶は実際大事、わからなくは無いけど、初代も変なことやってんだよなぁ…」

彼は取り囲まれたことなど気にせず、どうでもいいかのように話す。

―――そうして、『仕事』が始まった―――



「…はー、やっと全部終わった…なーんで人間同士で足を引っ張り合うかな…いや、もう人間とは呼べないものだったかな、あれは…」

そう呟きながら、彼は街を歩く。

「神☆光☆臨☆!なんてものが起きてから10年近くが経つ…新しく影を作り直したというのに、前と同じことをしなければいけないとかどういうことなのかな…
 よりにもよって頭領になってすぐ光臨とか聞いてないよ?まあ以前よりマシな影ではあるからいいけどさぁ…俺はさっさと任務だけをする影にしたいんだけどなぁ…」

…いつも通りの日常。いつも通りの『仕事』。いつも通りの帰路…その、はずだった。


―――こうして、彼は幼い狐と出会う―――





彼には拾わないという選択肢もあった。それを選ばなかったのは、彼がいつもそうしてきたから、ということもあっただろう。
…しかし、一番の理由は…その日夢に見た、彼女の目を思い出したかもしれない…

…そうして、時間は過ぎてゆく…





「…行ったか。…ミラージュフォックス、か…」

影楼が出て行った執務室で一人、僕は呟く。…あの時、彼女を俺は拾うべきではなかったのかもしれない。
頭領として必死に接したが、それでも一向に改善されなかった…当然だ、頭領の本質は僕なのだから。
…ならば、どうしてもそれに影響されてしまう…
…手元の書類を見る。…ミラージュフォックス…どうして彼女は僕と似ているのだろうか、設計された存在…

「……リョウ………トウリョウ……!……」

足音が聞こえる。おそらく今回の事に関して、新世代が話しに来たのだろう。
…さて、なんて誤魔化そうかな…まあどうせ僕は何を言われようと、気にしないのだが。


――僕がみんなにどう思われるかなんて些細なこと、どうだっていいのだから。



「頭領!どういうことなの!影楼ちゃんを追放するって!」

一番目に来たのは新世代の彼女だった。僕が拾ってきて、特に料理が得意な子だ。
彼女は勢いよく、執務室のドアを開けて入ってきた。

「…まってください!落ち着いて!」

続いて二番目に来たのは新世代の彼。彼も僕が拾ってきて、よく周りに気の利く子だ。
どうやら彼女を止めようとしていたらしい。

「…僕は入室許可を出してないんだけど?」

「そんなことより!どういうことか説明してよ!なんで影楼ちゃんを追放したのかってことを!」

「ほらほら、落ち着いて?いつも僕は教えてるよね?そんなんじゃ話にもならないよ。
 …まあ、いいか。どうせ大した話じゃないし。それに追放はしてないよ?任務が終わったら帰ってこなくてもいいって言っただけだし。
 僕がそうするべきだって考えて、そういう風に命令した。ただそれだけだよ?何か変なことでもあるかな?」

「そんなの、追放と変わらないじゃない!それに、なんでそう考えたのかって言ってるのよ!」

「トップがそう思った、それだけで十分な理由だよ?…話はそれだけかな?…じゃ、連れてってもらえるかな、僕も忙しいんだ。」

「…すみません、わかりました。…私も疑問には思っています…が、頭領が話さないのにも何か理由があるのでしょう…では、これで。」

まだ納得のいっていなかった彼女を、彼は連れて行く。彼女も影としての実力はあるのだが…あくまでも斥候としての実力である。
護衛が主な任務の彼にはかなわず引きずられながら部屋を出る。
…いつも冷静に動けって言ってるんだけどなぁ…その点、彼は利口で、こっちの事情もある程度察してくれる…
…その分、彼は自分の気持ちをあまり前に出さないのだが。
彼女と彼を足して二で割ればちょうど良いバランスになる、影ではよく話題となることだ。


「…はぁ、お前なあ、少しは言い方ってもんが有るだろうが…」

「んー、私もそう思うよー?私達旧世代、特に私とこいつの幼馴染二人はわかるけどさー」

三番目、四番目に入ってきたのは旧世代、僕の幼馴染になる彼と彼女だった。
彼はかなりの実力をもつ、実質的に僕の右腕のような人だ。…まあ、もちろんお嬢を除けば、だが。
彼女の方はお世辞にも強いとは言えない…腕力面でみれば、だけど。彼女の持つ知識は、影どころか世界でも通用するかもしれない…大げさかもしれないが。

「僕は入室許可出してないんだけど?」

「そこそも入室許可とか、そんな制度ねえだろ…」

「そーそー、頭領が煙に巻く時に使う便利な言葉みたいなもんだよねー」

「…ま、二人には通用しないか。旧世代はほとんど通用しないと思うけど。」

「…で、なんでお前は影楼を追放したのかって話だ。実質的な追放だろ?これ」

「まー私はなんとなくわかるけどねー、こいつはあんまり影楼と接する時間は長くないしー?それにこれは別に追放でもないよー?」

「時間は仕方ねえだろ…俺は任務と『仕事』で忙しいんだよ…ああ?追放じゃないってどういうことだ?」

「…そう、僕は追放なんてしてないよ?僕はただ、影として帰ってこなくてもいいって言っただけで、来ちゃ駄目なんて言ってないし。」

「…お前なぁ…理由があんだろうけど、それはちょっとひどいんじゃねえか?」

「だから影楼とあまり接せてないこいつにはわからない話だよねー、それに頭領は特に話すつもりはないでしょー?」

「…ま、このことがわかるのはキミとお嬢くらいだろうし、僕は特に話すつもりはないよ。」

「んー、ならおしまい。私の立てた仮説は正しかったみたいだしー?こいつに説明するのはめんどくさいしー?」

「お前もなぁ…ま、わかったよ。お前らがそういうなら俺は聞かなくてもいいことだろう。そういうのはお前らに任せてるしな。」

「じゃーねー、大変だろうけどがんばってねー、応援だけはしてあげるからー」

そういって二人は部屋から出ていく。なんだかんだで少しでも僕を理解している二人だ、特に思うこともないけど。
…いや、というか僕にかまわずに新世代の相手をしてくれた方が僕としてはありがたいんだよね…


…それから、多くの人が執務室を訪れる。
新世代は怒ったり、悲しんだり、純粋に疑問に思ったりと様々だった。僕に怒るのはいいけれど、悲しまれるのはあまりよくない。
僕に対しての敵意ならどうでもいいけれど、悲しみは僕には解決し辛いからだ。

旧世代は僕を気遣うような感じだった…辛かった?とか、大変だった?とかそんな感じのものだ。
流石に旧世代は僕の幼いころを知っているだけあって、少しは僕の事を理解していた…が、それはほんの少しだけだった。
いや、僕にそんな気遣いをしても無駄にしかならないから、悲しんでる新世代に向けてほしいんだけど…まあ、理解できないよね。


…僕を理解しているのは幼馴染のあの二人と…


あの日出会った、彼女くらいだろう…


その日の執務室にて 前編 → 後編

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます