「…で、こんな時間まで執務室で対応に追われていたわけじゃな?小僧。」

すっかり日が暮れてしまった頃に、執務室に入ってきたのはお嬢だった。
影の守護獣、戦国の妖狐、変化の狐…いろいろな名称で呼ばれたことがあるらしいけど、僕にとってはお嬢、ただそれだけだ。

「ん、まあもうほぼ全員と話したんだけどね。後は状況がよくわかってない、まだまだ幼い子供たちだよ」

「そうか。じゃ、儂の対応もして貰おうかのう…」

「…ま、お嬢は珍しく関わりを持とうとしてたからね、影楼とは。」

「…不思議と他人とは思えんかったからな…で、ある程度検討はついているが…話せ。」

「…まあ、簡単に言えば『僕』を作らないためだよ。あのまま行けば確実に『僕』が出来上がる。『俺』も『頭領』もない、完全な『僕』が。
 命令に忠実で、他人の為にある『僕』という名の機械が。僕のように設計された機械がね。そんなもの、紛い物の僕だけで十分だよ。
 …だから、壊した。影という枠を、今の居場所を。それを維持すれば、いずれは『僕』に至るから。
 枠が、居場所があれば影楼は変われない。影の中に居れば、影楼は言われたことを命令と捉えてしまう。
 …特に僕という存在は劇薬だからね。少なくても、影楼が変わるまで…自分から戻ろうと考えられるようになるまでは影に居るのはまずいってわけさ。」

「…それはわかる、儂もそれはわかっていた。…じゃが、そうはならないって言うのがお主の考えじゃったろう?
 そもそも、幼いころからそのように仕上げられた個体でなければ、そうはならないはずじゃろう?…小僧のようにな。
 影楼には虐待の跡も、改造の跡も、洗脳の跡もないまっさらな個体である、そう見通したのは小僧の眼、『ウジャト』じゃろう?
 それが見違えるハズなどないはずじゃ。」

「…この眼は現在、そこから導き出される未来はわかるけど…過去に関しては極めて弱い。今回はそのケースだった訳だね…
 …1年前、ある研究施設に『仕事』に行ったときにこのデータを見つけたんだ。そのデータはもうこの書類しか残してないけどね。」

「ふむ、この書類か……『ミラージュフォックス』計画…?」


亜人型人造生物『ミラージュフォックス』計画
戦国の時代に存在した妖狐の情報をもとに身体を自在に変化する実験体を生成し、
所有者の思う通りの姿をとり、自由に扱える愛玩動物を作る事を最優目標とする。
その為、多くのパターンの個体を造り、相手の思考を読み取る異能を持つパターンを作り上げることで目標を達成する。
目的の異能以外の異能を持つ個体に関しては自由に利用してよいものとする。
 
個体番号1、熱を操り、発火させることが出来る異能を持つ―――
個体番号2、他の個体よりも身体を変化させられる幅が広く―――――
個体番号3、肉眼では視認できない範囲までを見通す――――――――――



「―――個体番号27、光の屈折に干渉が可能な異能を持つ個体…新兵器の実験台とするために輸送中に紛失…これが、影楼か。」

「おそらくは。他の個体も実験台として使われたり、、お偉いさんのところにつれて行かれたりといろいろあるみたいだね。
 ほとんどの個体がもう残ってないんじゃないかな?成果も上がらずに、ある程度前に予算は打ち切られていたみたいだし。
 …影楼はそうなることを望まれて、造られる時にそう仕上げられた。『僕』になる素質は十分だったわけだね。」

「…だから、今回の事を起こした、と…しかしそんな中、何故影楼の身体には何もないのかわからないのじゃが…
 改造の跡がないのはまだわかる、造る時に遺伝子情報に調整をすれば必要な大まかでも欲しい能力は得られるじゃろう。
 …しかし、じゃ。この研究で目的の個体ではなかった…所謂失敗作だった影楼は、どのような扱いを受けてもおかしくはないはずじゃろう?」

「研究所にあったその計画に参加していた研究員の日記によると、どうやら異端者が居たみたいだよ?
 その研究所内での異端者、って意味だけど。その異端者が全ての個体の世話の管理をしていたみたいなんだ。
 …いくつかの個体が輸送中に紛失していたらしい。その責任でその異端者は別の辺境の研究所に移動になったみたいだけど…
 移動したのは影楼や他の個体が紛失扱いになってからのようだよ。」

「…逃がしていた、と考えるべきかのう。そんなことでわざわざ辺境に送られるとは、馬鹿な奴じゃ…
 …ついでに言うと、この書類の妖狐って言うのはおそらくは儂の事じゃな?」

「…それについては、先代が関わっていたみたいだね。お嬢の毛を高額な金額で売ったらしい。
 毛を売りつけていた記録は影にも残っていたけれど、まさかそれが影楼と繋がっていたなんてね…
 まあ、毛程度じゃそこまでは再現できていなかったみたいだけど…負担を考えなければ変化ぐらいはできたみたいだ。」

「…道理で他人とは思えないわけじゃな。儂のクローンのようなものじゃ。」

「というよりかは、お嬢の子供に当たるんじゃ?千年程生きて、やっと子供とか僕は何とも言えないけど。」

「…はぁ、茶化すんじゃない。…それとな、お主。『俺』のつもりで話したつもりかもしれんが、まだ『僕』のままじゃぞ?
 …実のところ、思うところはあったのじゃろう?」

「……まあ、ね。…影楼を見つけたのは僕だ。ついてくるかと聞いたのも僕だ。連れてきたのも僕だ。
 身の回りの事をしたのは…まあ僕だけじゃないけど、僕もした。影楼と多く接していた者の中に、僕も居る。
 僕は多く影楼と関わった。僕は影楼に大きな影響を与えていただろう…影楼を『僕』に近づけたのは、僕だ。
 そんな僕ができたのは、今の影楼を壊すことだけだ。…無責任にね。…これだから『僕』って存在は僕一人でいいんだ…
 …そんな物がたくさんあったら、誰も幸せになれないよ。影の為にも、みんなの為にもならないね。」

「…はぁ、まったくお主はいつもそうだ…少し、儂の話を聞け。」

そういって妖狐は彼の後ろへ周り、抱きかかえながら頭を撫でる。

「…お嬢、もう僕は立派な大人なんだけど?」

「儂からすればお主はいつまでも子供じゃよ。…ま、もう童では無いことは確かじゃがな。
 …そもそもな、お主はいつも抱えすぎてるんじゃよ。頭領を襲名して、影の誰よりも戦って、誰よりも守って、道化まで演じて…
 少しは周りを頼れ。お主がそういう存在として仕上げられたのは知ってるが、続ける意味は特にはないじゃろう?
 それとな…影楼のことについては、影全員に責任がある。…お主一人のせいなんて己惚れるのはやめろ。
 儂だってどうにもできなかった、影ではどうすることもできなかった…なら、仕方ないというしかなかろう。
 …それに、お主の事だからある程度の手は打ってあるのじゃろう?」

「…勿論。医学者の性格、経歴、能力…全部、調べたさ。影楼に害をなすことは、ないといっていい。
 …その分、影響を与えてくれるかは微妙な性格だったけどね。それでも、同行者としては十分だよ。
 …あと、そういうお嬢も自分の毛が入ったお守り、あげてたよね?
 自分の妖力が練りこんであって、それがどこにあるかを把握できて、いざとなったら持ち主を守れるやつ。
 窓からお嬢が影楼に渡すところ、見えてたよ?」

「…儂も影楼には何もしてやれんかったからのう…餞別じゃよ。」

「まあ、あれが有れば何かに巻き込まれても無事でいられるよ。
 …影楼がどうなるかは僕にはわからないけど、出来れば人であれればいいなって思うよ。頭領としてはね。」

「ま、儂も自分のクローンのような者が酷い目にあうのは好ましくは思わないがな…」


「――ねえ、お嬢。お嬢は今の日常、楽しい?」

――彼は振り向きながら、妖狐に聞く。

「なんじゃ唐突に…そうじゃな、楽しいかはともかく、退屈ではないのう…」

「…うん、ならいいんだ。ただ、それだけ…」

「…まったく、変な奴じゃのう…」


あの日僕が見た、虚ろな目をした彼女は…嬉しいことに、もう、どこにも居なかった…


その日の執務室にて 前編 → 後編

このページへのコメント

頭領について少しでも知ることが出来てよかった。
作成お疲れさまです。

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Posted by 安藤竜 2016年09月27日(火) 18:30:19 返信

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