『久しぶりに見たわ、貴方の笑顔』
 褐色の肌に零れ伝わった雫を指で拭い、僅かに潤んでいる瞳を笑顔で隠しながら言う。
 俺は彼女のその顔を忘れることはないのだろう。
 


九尾葛葉『暇じゃのぅ…アステルや…何か面白い事はないかえ?』
 
アステル「えぇ……い、いきなりですね?そう言われても今ってのんびりタイムじゃありません?ジークさんはなんかあいうえお作文作るとか言ってうんうんうなってるし……」
 
只之人「俺も考えたが面倒になったわ」
 
アステル「只之さんはさっきまでなんか朗読会みたいなのに参加してましたよね……」   
 
只之人「最近の日課みたいになってるな。」
 
ジーク「できた……!
 じっくりと
 いろいろ考えたけど
 くるしい言い訳しか出てこない…!」
 
片羽「色々と苦しいものがあるね……」
 
ジーク「即興じゃしな……儂も苦しいんじゃよ爺さんや……」
 
片羽「素人には辛い仕事じゃったのぉ婆さんや」
 
なんかコントになってるな……
暇なのは確かだが……
 
アステル「なんかコントになってません……?っと……シンシアも待っている事だし、僕はここで失礼しますね。お休みなさい。」
 
九尾葛葉「ふわぁ……妾もここらで失礼するのぞ……皆の者おやすみなさいじゃ……」
 
そう言うと、一礼して去っていく青年と、彼女の背中に現れた穴に飛び入り消えて行く狐。
見送って振り返ると、タダノっさんとお散歩さんもいつの間にか居なくなっていた。

ジーク「皆お休み…
さて、俺達もそろそろ戻るか、皆それぞれ戻ったみたいだしな。」
 
そうだな。と返し、共に並んで拠点へと戻る。
特にお互いに言葉を発する事もなく歩いて行くが、これが気まずいとかはない。
義兄弟という関係ではあるが、そんなのが無くとも、なんとなしに馬が合う友とも呼べるこの関係を心地よいと思える位に、自ら未熟と言ってしまう半竜の騎士を俺は好ましいと思っていた。
 
ジーク「じゃあ、また明日なラッド」
 
あぁ、また明日。
拠点に着いて一言挨拶を交わすと、お互いの部屋に戻っていく。
部屋では既にトゥーが眠っており、安らかな寝息をたてている、その髪を一撫でして自分も椅子に座って仮眠を取る。
これをするとよくトゥーに怒られるのだが、数分の仮眠を取るのならばこちらの方がよく眠れるのだ、あくまで自分の中では……だが。
 
 
 夢を見ていた

 

『あら、ラッド君。おはよう、良い朝ね。』
 
「おう!おはよう!今日はジライヤとの模擬戦だっけか!頑張れよ!!」
 
い、いてぇ!背中叩くなよカイロス兄さん!
 
『ふぅ、ちゃんと加減しなさいなカイロス。それにジライヤ様じゃなくてアルバ様って呼ばなきゃ……』
 
「どうにも面倒でなぁ。今更偽名なんか使ってどうするんだよ。それにあいつがアルバって面でもないだろぉ!?」
 
それは確かに思う。
 
『もう、ラッド君まで……アルバ様ならもう試練場に居るはずよ。頑張ってね!勝ったらハグして美味しいシチューをご馳走するね!』
 
「ザジ……俺という者がありながら……若さか!若さがいけないのか!」
 
『嫌ね……冗談よ……カルロスが一番に決まってるでしょ?』
 
まーた始まった……こうなると暫くはノロケが終わらないぞ……
 
 
 
 そう、夢だ……
 
 
『ラッド君ラッド君!!雛苺ちゃんと雷ちゃんも居たのね!聞いて!聞いて!』
 
ん?ザジ姉さん?珍しいな、あんなにはしゃいでいるなんて。
 
『どーしたのよー?お姉ちゃん落ち着くのよー?』
 
『珍しいわね。どうしたの?何かあった?』
 
『う、うん!あ、あのね!で、出来ちゃった!出来ちゃったの!今、お医者さんが来て、朝にちょっと気分悪くて見てもらったんだけどね!?』
 
慌てすぎじゃないだろうか……とりあえず水を渡そう……
 
『ゆ、ゆっくりでいいのよー?とりあえず息を吸ってー…吐いてー…吐いてー…吐いてー…』
 
『ひ、雛苺!姉さんが大変な事になってるから!雛苺も一緒に慌てないで!?ラ、ラッド!姉さんをお願い!』
 
お、おう!姉さん!この水を!もう息吐かなくてもいいから!!
 
『コクコク……ぷはぁ……ごめんなさいね。びっくりしちゃってつい…』
 
『もう大丈夫みたいね。それで、何があったの?』
 
『あのね?……遂に来てくれたんだ……』
 
『来てくれたのよー?』
 
『うん…私とカルロスの赤ちゃんが……来てくれたんだ!』
 
その時の雛苺と雷の顔は今でも忘れられない。
二人してザジ姉さんに抱きつこうとしたのを俺が必死に止めたのだ。
子供達の総数が減ってきた村に新たな息吹が……というのもあるが、何より大好きなザジ姉さんとカルロス兄さんに、本人達が一番に望んでいたであろう新たな命が宿ったことに、俺達は凄い嬉しかったのだ。
 
雛苺は自分が持っていた玩具を引っ張りだし、雷は絵本や着れなくなった服を持ち出して、毎日のように何をしてあげるかお互いに話し合っては俺に聞かせて同意を求めてくる。
 
俺だって何か用意してあげたかったが修行や仕事もあったし、何より気恥ずかしかったのだ。
勿論楽しみなのだが、何をしてやればいいのかわからなかった。
でも、大好きな二人の子供だ、俺も何か考えてみるかな……
 
 
 
 夢だからこそ、この後…
 

 
「逃げろぉぉ!!!男衆は女と子供を連れて森の方へ!直ぐにアルバ様も来る!今は森のほ………」
 
『大丈夫……怖くないわ……ジュンはあそこの大人の人達と一緒に森に行ってて……私も直ぐに行くからね?』
 
「ママも一緒……」
 
『直ぐに行くから……!お願い!早く……!はっ!?ジュ……』
 
「ママ?ママ!?」
 
間に合わなかったか!!ジュン!とにかくここから離れるぞ!

「嫌だ!ママが!ママがまだ!!マ……」
 
!!速い!?……くそっ!!くそっ!!
 
走って…走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って

泣いている子供を抱き上げながら走り続ける。

……!っ痛!
 
もつれて転んでしまった!ジュンは!?
 
「ヒグッ!ヒグッ!痛い…痛いよぉ……」
 
ごめんな…ジュン……ごめんな……守れなくて……守れなくて……!
 
「ズビッ!でも……がばん…がばんずる……!」
 
偉いぞ!流石は村の男だ!さぁ!行くぞ!
 
「……うん!!行こ……」
 
そうだ、俺はここで、このありふれた地獄の中で、数分とは言え呆けてしまったんだ。
俺より小さな子が、俺の手を取った瞬間にその勇ましくなるであろう腕だけを残して消えてしまった事実を受け入れられなくて。
 
 
「ラ………ラッ……ラッド!!ラッド!!」
 
意識を覚醒させると、目の前にカルロス兄さんが立っていた。
大丈夫……大丈夫だ……まだ、まだ俺は俺を保っている……戦士で、皆を助ける戦士で居られる……
 
「気づいたか!話は後だ!とりあえず森の避難所までこのまま駆け抜けるぞ!腕は……お前が持っていた腕は布にくるんでリュックに入れてある……わかるな?」
 
頷く。そうだ、俺が生きて彼が、彼の母親が生きていた証を残さなければ誰がやるのか。
今となってはそれが義務感なのか、自分が立って走る理由にしていたのかわからないが、もしくはどちらもだったのかもな。
 
『カイロス!……ラッド君!良かった!でもまだアルバ様やテンゼン様、雛苺も雷もまだ………』
 
俺は忘れない、忘れられないのだ。
この後のザジ姉さんの顔が……
 
「ラッドは、ここで待っていてくれ…!大丈夫だ!俺も一旦戻って、ジライヤ達の援護に……」
 
真横で、普段は豪快ながらも愛嬌のある顔で笑うカイロスが、その実力は村でも上から数えた方が早い彼が、ザジの叫びと視線に気がついて上を向いた瞬間、見たことがないような苦しいとも、悔しいとも取れる顔で。
最期に遺した言葉が
 

―ラッド、ザジと子供を頼む―
 

なんて、なんてことを俺に頼むんだ……それは、あんたにしか出来ないことで……俺みたいなガキが出きるわけない、出きるわけないんだ!!
 
俺は駄目だ……もう、駄目だ、間に合わなかっただ、何もかも……
 
『ラッド君!ラッド!しっかりして!』
 
いつの間にか眼前にザジ姉さんの顔が来る。どうして…姉さんが今一番に泣きたい筈なのに、この理不尽に怒りたい筈なのに……
 
『聞いてラッド君、ここももうダメ、いや、村の中で大丈夫な所なんてもう無いの……』
 
どうしてそんな顔が……真面目な顔が出来るんだよ!
 
『だから、村から出るの。もうひとつ村の外れに近い所に避難所があるはず、ラッド君。雛苺ちゃんと雷ちゃんはきっと生きている……!だから、君も生きるのよ。ほら、私も一緒に行くから、ね?』
 
何も考えたくない。走ろう、せめてカイロス兄さんからの願いだけでも叶えなければ。
雷と雛苺にまた会うためにも。
その手を取って走ろうと。
さぁ……
 
 
―ごめんね?ラッド君、我が儘言って、君がどれだけ傷ついてしまいかなんてわかってる。誰よりも優しくて、皆にとっての誇りである君がこれからどれだけの想いを、傷を背負って行くのかなんて。でも……ごめんね。私はもう、ダメみたい……―
 
わかっていたのだ。
彼女はもう壊れていた、折れていた。
それでもこうして俺を叱咤するためにあんなことを言ったのだ。
手を取れなかったと理解しても俺は止まれなかった、走り続ける。
その背後に光の柱が落ちたであろうが止まらずに、村にの方へと……

 夢を見ていた。
 
遠いようで近かった過去。
見慣れた夢を。

さぁ朝だ、今日は崖沿いから巡回するとしよう。
 
 
後半に続く

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