【R-18】シュテルとシュルクは遭難した島で貴方たちと生活するようです【安価・あんこ】

　私は、名無しの森にある妖精猫の里で育った。里の長老猫であるババサマに何処かで拾われたので、生まれは知らない。何度か聞いてみたのだが、ボケてしまって覚えていないらしく教えてくれない。
　妖精猫の里は文字通り妖精猫たちが集まって暮らしている、同族以外出入りすることは殆ど――少なくとも私は見た事なんて――ない。小さな、だが暖かな里だ。アネサマやアニサマ達、誰もが親身に接してくれる。薬草の知識をはじめ、治療の術や身嗜み、マナやオドの使い方に至るまでの教養を与えられた。
　寂しさなんて到底覚える筈もない非常に恵まれた環境だ。理解していながら、それでも一度は拾い子という劣等感で反発してしまった。勿論、ババサマに鉄拳制裁されて性格口調その他もろもろ矯正されてしまった。正直、愛のムチを振るわれている最中のことは今でも思い出したくない。
　なけなしの牙をぽっきりと折られてからは、ただの妖精猫として里で生き、いつかは森へ還るものだと思っていた。自分の知る誰もがそうであったように、自分もその環に加わって流れていくのだと思っていた。
　そんな私の転機が訪れたのは、『拾われ記念日　ババサマに拾われてからたぶん14年目』のことだ。
　大好物のコケモモジャムを遠慮無く食べて良い日なので、私はパウンドケーキにジャムを塗って頬張っていた。ほんのりとケーキの生地から薬草の香りがすることにも気づかずに。
　記念日のご馳走を食べ終えて、心地よい眠気が不意に襲ってきて――――ババサマの温かい手が、頭を撫でてくれた。そんな感触を最後に、夢の世界へ落ちたのだ。

　――――わたしはその日、14年前にこの小さな妖精猫を見付けた時の驚きを今でも覚えている。この名無しの森から生み落とされる妖精猫はもう居ない、そう思っていたわたしの考えを粉々に打ち砕いた日だ。
　神の御業で再生する大地に飲み込まれる、それ程迄に我々は人間に近付いてしまっていた。妖精としての格が落ちていた。結論を言えば、神罰の対象である。
　そう捉えるならこれも罰の一つなのだろう。間違いなく滅ぶこの里で1人苦しめという、孤独の罰だ。
　ひとつため息を吐いて、里の面々を見遣れば確実に知っている顔は減ってきている。既に残るのは若者の域を出ない妖精猫ばかりだ。他のものは皆、森へ還ってしまった。還った先で、わたし達を飲む大きなうねりとなった。
　与えられる罰に大人しく殉じてきた我々であるが、この子を見付けた日に小さな反逆を企てた。それが――トゥーを、小さな小さな樽に詰めて、此処ではない何処かへ逃がすこと。
　14年の歳月を掛けて、皆でまじないをかけた樽は人間たちの云う『方舟』の縮小版だろう。些か技術が足りずまじない頼りのため、大きさも定員も機能もたかが知れたものだけれど、十分過ぎる。

　薬の効果で眠るトゥーの髪を撫でる。わたしを真似て伸ばしたらしい、類似点を少しでも多く作りたかったのだろう。
　身体を構成するマナを解き、子猫の姿にして薬草樽の中に入れた。緩衝材のように満ちた草が、薬とまじないの効果を保ってくれる計算だ。此処ではない何処か、生き延びることの出来る場所に着けば我々の祈りは成就する。彼女とともに送り出す全ては役目を終える。
　集まった全員が別れの言葉を送り、蓋を閉め、海へと続く河に流す。記憶にある小川よりもずっと深く、巨大化したそれは間違いなく海へと我々の方舟を運ぶ。
　けれどわたしの取った行動は正しかったのだろうか？　遠くはなれてゆく樽を見ていると、ただ河へと投げ捨てた様に思えて――いや、既に賽は投げられた。わたし達の祈りが勝つか、神罰に砕かれるか。
　どうか、どうか息災で。わたしは彼女の未来を祈り、皆を見送る罰を受けよう。
　それがわたしから贈ることのできる、最後の愛情だから。
　
　
　
『……こ、ここは何処デスか……！？　あえええと、自分、トゥーと申しますデス、ハイ！！』