最近、物忘れが進行している気がすると彼ことバルハルは思う。
ちょっとしたことや約束したこと、昔のことは忘れていない、しかし遥か過去のことがまるで夢のようにすり落ちていく。

「……私も限界ですかね」

ぽつりと入院させられたベッドの上で呟く。
長い時間を生きてきた、常人であれば不可能なほどの時間を生きてきた、
ならばその限界が来たのは必然であると彼は思う、なにせ掛けられた『呪い』は不老化だったから。

「それだけでよくここまで生きていけましたよ私は」

そう言って誰もいない病室で一人物思いに耽る、
過去、自分が歩いて来た足跡を今から過去に過去からさらに過去へと。
しかし途中から思い返してみる風景が曖昧になってきた、まるで霧のように靄がかかる。
そして自分はその靄の中に立ち尽くして、どこにも歩く気は起きなかった、
何分何時間経過しただろうかそこに立ち尽くしていてふと人が目に入る。

「…………誰だ?」

口にして歩き出す、少し歩けば少女と言える背格好が見えた。
だが彼女に近づこうと近づこうと、だが近づくことはできない。
何故だ、何故だ、何故私は彼女に近づけない?
心の中で疑問が多く湧き出てくる、だがそれも霧散する。

「何故君には近づけない?触れることが出来ない?」

気づけば震える声でそのように言っていた、けれどその人は答えてくれない。
何故答えてくれない、何故私に声をかけてくれないのだ!
心の奥でそう叫ぶ、いやそう叫ぶことしかできなかった。
そして――なぜこんなにも胸が苦しいのだろう?

「教えてくれ君は――誰なんだ!」

そう魂をのせて叫んだ、するとその少女はこちらを振り向く。
だがその顔はまだ靄がかかったままで、見えることはなかった。
そしてその少女の声が聞こえた

「――ずっと好きでした」

それと同時に彼女はスッと消えて行く。
彼は気づけば走ってその手を伸ばすが間に合わずに消えて行った。
その少女が消えた後、再び彼の視界は暗転した。

そして次に目を覚ませばそれは入院しているベッドの上だった。

「…………寝ていたのか」

横になっていた体を起こす、ふと枕を見れば濡れていた、
疑問に思い顔を触る、その顔には涙があった。
何故泣いているのか分からなかった、そして何故胸が痛いかも分からない。

「……やはり私も年かな?」

そう思って涙を拭けば、胸の痛みも消えて行って、その痛みをなくしたことで喪失感が生まれる。
だがなぜ喪失感があるのか、今の彼には分からなかった。

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