「……わたし、なんでこんなことしているんだろう」

 森に入ってから六時間。
 三度目の猪――もといINOSHISHIの襲撃を振り切ったわたしはそう呟いて、慌てて首を振った。
 我に返ったら、駄目だ。
『かつて海賊王がその海賊船に使ったという究極の木材"宝樹アダム"…。
 この島の何処かにあるというその木材を使えば以前とは比較にならない強度の模擬戦用の盾が出来る…!』
『この島の何処かにあるその木材を私の元に持って来るんだ!
 それがシンシアさんにとっての修行になるはず…!』

 脳裏に、あの日のアリミラさんの言葉がよみがえる。
 アリミラさんのこの助言の通り、わたしはこの数日間、暇を見つけては森へ通い、“宝樹アダム”を探してきた。最初に言った通り、探索は遅々として進んでいないんだけれど――。

 せっかく作ってもらった盾をたったの二回でおしゃかにしてしまったわたしに、怒るでも呆れるでもなく、前向きな方策を提示してくれたアリミラさんの心遣いを無碍にはできない。
 ちょっと……そう、かれこれ数日にわたって、何度もアタックしているのに毎回INOSHISHIに襲われては逃げ帰っている状況くらいで、へこたれるわけにはいかないのだ。
 ……確かに、この近くだと思うんだけどなぁ……。植生を考えても、このあたりに生えている可能性が高いのに……なんで毎回INOSHISHIの襲撃に遭うんだろう……。
 ま、まぁ……それでも、進むしかない。

 ――そもそも、あのとき盾を壊してしまったのは、他の誰でもないわたし自身の不手際なんだから。
 模擬戦で使う武器は、攻撃力を落とした模擬戦用とはいえ戦う為に使うもの。そして当然、戦う為に使っていれば傷ついたり、悪くすれば壊れることだってある。
 アステルくんの一撃を受けて壊れてしまったわけだけど、アステルくんにしたって普通に戦っていただけだし、アリミラさんの腕前だって、その前のティラーさんとは普通に戦えていたことを鑑みるに決して悪いわけじゃない。
 それでもアステルくんの魔力の斬撃による一撃を受けて破壊されてしまったという事実があって、その理由を考えるならば――それは、わたしの『受け方』が悪かったからに相違ない、と思う。
 これまでわたしは、ただ愚直に『盾を挟んで自分で受け止める』という力任せな受け方に終始してきた。盾は自分に攻撃が直接届かないように『遮る』為のものであって、あとはたまに殴るとか……その程度の認識でしかなかった。
 だから、模擬戦用で木製の盾を使うようになったら、強力な攻撃を『実戦用の盾で受ける感覚で』受け止めてしまって、結果として盾を破損させてしまった。
 でも、あの時のわたしにそれ以外の方法をとるような技術はなく、だから結果として『ダメだと最初から分かっていた』真っ向から受け止めるという選択肢を選ばざるを得なかった。
 それは、わたしが自分のしぶとさと盾の頑丈さに頼って技術を磨いてこなかった弊害だ。
 そう考えると、今の自分には盾の材料以前に盾を扱う技術が不足しているんじゃないかともとすら思えてくる。

「…………アリミラさんは、多分そういうことを言いたかったわけじゃないと思うけれど……」

 多分単純に、森を探索していく中で経験値を蓄積できるだろうという意味合いで言ったんだろうとは思うけれど、わたしとしては――この自分の欠点をアダム発見までに克服しないことには、アリミラさんに申し訳が立たないな、とも思う訳で。
 ただ、その前途は多難。何せ何かしら技術的な伸びしろがあることは分かっていても、それがどんなものなのかわたしには想像がつかない。
 ラッドさんや、ティラーさんに教えを乞うことも考えなかったわけではないし、アステルくんに協力を仰ぐことももちろん(真っ先に)考えたけれど――彼らは戦略眼という意味ではわたしを遥かに凌駕しているものの、別に盾の専門家というわけではない。
 適材適所、という言葉がある。身に着けた技術の使い道を聞くにはいいかもしれないけれど、『こんな状況を打開する為の技術を教えてほしい』と言ったって、きっと彼らを困らせてしまうだけだ。

「……はぁ、どうしよう」

 こんな風に悩みながらも、図書館で調べた『アダム』の特徴と照らし合わせて木々を確認しては、途中で襲われて逃げての繰り返し。そもそも、INOSHISHIのせいで探索することすらままならないのだから救えない。

 …………嗚呼、今日もまた茂みでガサガサという音。

《Booooooooooooo…………………………》

 もう、慣れてしまった。聞き慣れた、INOSHISHI襲撃の合図だ。
 この島に来る前は単なる家畜の声だったフゴフゴという鳴き声も、今はもう畏怖の対象でしかない。背の低い草をかき分けて現れたその威容は、わたしよりずっと小さいはずなのに、数倍の体躯のように錯覚させるほど濃密な筋肉で引き締まっている。
 その身体から繰り出される突進は、今のわたしでは受け止めることなど到底かなわない。……一度試して派手に吹っ飛ばされたので、文字通り身に染みてよく分かっている。

「ふぅッ……!」
《Boooooooooooooooooooooo!!》

 ……とはいえ、なすすべがないわけでもない。INOSHISHIは文字通り猪突猛進しかしてこない。その威力が凶悪でもあるけれど――逆に言えば、突進しかしてこない以上、確実に罠の影響を受けるということでもある。
 その動きを止めるほどの罠を仕掛けることはまだわたしにはできないけれど、それでも相手の動きを逸らして、その間に逃走するくらいのことはできる。

「氷よ《isa》……!」
《Booooo!?》

 地面にルーンを刻み、そして詠唱することで起動。……厳密には詠唱しなくてもいいけれど、この方がわたしにはまだやりやすい。
 わたしが展開した氷をそのまま踏んだINOSHISHIは、軽く滑り――それでも体勢は崩さないものの、微妙に突進の進路を曲げる。その間に、わたしは空いたスペースに身体を潜り込ませ、INOSHISHIの突進をやりすごす。あとはこのまま、INOSHISHI達が追撃してこないうちにこの場から逃走すれば大丈夫だ。
 ……しかし、さっきも思ったけどどうしてこう何度もINOSHISHIに襲われるのだろう。一応匂い消しはしているし、音もあまり立てないようにしている。一応わたしも冒険者をやっていたから、まさかその手の分野で野生動物を刺激するような愚は犯していないはずなんだけど……まるで、このあたり一帯を護っているかのように、あのINOSHISHI達は何度もわたしに遭遇する。

「…………ん?」

 ――このあたり一帯を、護っているかのように?

 その瞬間、わたしの脳裏に電流が走った。
 そうだ……! 何でわたしは疑問に思わなかったんだろう……!? いくらなんでも、森に出て毎回のようにINOSHISHIの襲撃に遭うなんてどう考えてもおかしいことだ。この島ではなんでもあるからと、思考を停止していたけれど――それがおかしいことだと認識し直すことができれば、話も変わる。
 もしも本当に、INOSHISHI達がこのあたりを『護っている』のだとしたら?
 それはつまり、このあたりに守られるべき『何か』があるということの証左になる。たとえばそれが、アダムだとすれば?
 ……確証があるわけじゃないけど、可能性があるならば……だとするならば…………わたしがここですべきことは、INOSHISHIから逃げることなんかじゃない……!

「……ここで……INOSHISHIの群れを、突破します……!」
《Booo……Booo…………!!》

 確かに、現時点のわたしではINOSHISHIの突進を受け止めることなんかできない。いや、多分ちょっとやそっと鍛えたくらいでは、これからもできないだろう。でも――それは、“受け止める”場合の話だ。
 思えば……わたしは最初から、答えを知っていた。『あの模擬戦』の最終局面で高空からの落下攻撃を選択したペーチョさんに対して、わたしは盾を使って『受け止め』『往なす』という選択をしていたはずなのに。
 そして今も――――INOSHISHIの突進を、ルーンを用いて『逸らす』ことで回避していたのに。

《Boooooooooooooooooo!!!!》
「『奮い断つ――――』」

 これは、そのほんの応用。
 魔術の効果を帯びさせた盾を使い……ほんの少し受け止め、そしてほんの大きく逸らす技術。
 即ち、受け流し《パリィ》の極意。

「『――――決意の、盾』ッ……!!」

 交差は刹那だった。
 ルーン魔術で生み出した風を纏った盾を構え、再度突進してくるINOSHISHIの全てと対峙する。それぞれの動きを目視し、予測し、それに合わせて盾の角度を細かく調整したうえで――『合わせる』。

「――――ッ……!」

 接触の瞬間、盾を構えていた手が軽く痺れるほどの衝撃が、全身を貫いた。
 でも――その手が大きく弾かれたり、わたし自身が耐え切れず吹っ飛んだりすることはなかった。突進してきたINOSHISHIはたったそれだけの被害をわたしに与えて進路を大きく逸らされ、他のINOSHISHIも同じように盾にいなされ、弾かれ、受け流されていく。
 そしてわたしは――未だにほぼ消耗せず、全てのINOSHISHIをやり過ごしていた。

「あとは……アダムのもとへ向かうだけ、です……!」

 もとより猪突猛進しかなかったINOSHISHIだ。
 突進をいなされれば、戻って来るまでには大分時間がかかる。その間に、わたしは急いでINOSHISHI達が守っていた縄張りの奥深くまで足を踏み入れる。そして――

「……あった……!」

 見つけた。
 図書館で見た資料と同じ……これが、『宝樹・アダム』……! あとは、これを持ち替えれば、わたしの修業……兼材木回収も終わる。

「…………『脆弱の円環《D・N・A》』」

 スイッチを切り替える意味も込めてぽつりとつぶやくと、ぼうっと体全体が温まるような感覚と共に、身体が一気に軽くなるような感じがした。
 同時に……『脆弱の円環』で消耗する体力を補う為に、『快癒の天則《D・N・A》』も発動する。最近マシュさんに師事してマスターしたこの異能のお蔭で、『脆弱の円環』はだいぶ気楽に使えるようになった。
 少なくとも、この木を素手で引っこ抜くくらいの力までは。

「ふ、う゛ぅッ……!!」

 木を肩に抱えたわたしは、そのままINOSHISHIが現れないうちに、木々の合間を縫ってその場を後にした。…………でもアステルくんには、この格好はあんまり見られたくないな。

 ――もとい! 今、お伺いしますね、アリミラさん……!!



※なお、シンシアが発見した木は『宝樹・アダム』ではなく、それによく似た『豊樹・マダム』なのだが、それに気付くのはもう少し後のお話。
※システム的にはガチチート異能でダンジョン『近場の森』のトラップ『INOSHISHI』を無効にしました、という感じ。

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