椿の願い

私は20歳で死んで、つい最近人として蘇った。
何を言っているのか、と思われるかもしれないが事実なのだからどうしようもない。

別段そのことで悩んだりとか、死んだままがよかったなんて言うつもりは無い。
正直こうやって私が私のまま第二の生を送れるのだから、儲け物くらいに思っておく程度にはポジティブに考えてもいいだろう。

まさか蘇った先で、目の前で煙草吸ってる幼馴染みと再開するとは思わなかったが・・・。

「ん?なんだよ、ジロジロ見て」

驚いたことにこの馬鹿は、安藤家なるものをこの島で生み出し、現在は三人の恋人、義理の娘達に囲まれているらしい。
いや、昔から何かと世話焼きな一面があったのは知っていたし、あのまま孤児院にいたならこういう事態になることも想定してはいたが。

『いや、アンタは相変わらずだって思っただけよ。色んな意味で』

「なんだそりゃ。褒めてんのか?」

『馬鹿にしてる』

「貴様ぁ!」

懐かしいやりとりに思わず笑みが零れる。
そうだ。周りに邪推されることもあったし、一時の気の迷いで付き合ったこともあったが私とこいつはずっとこんな感じの関係だった。

『ま、この島について色々教えてくれてありがと。しばらくはリハビリしながらやること探すわ』
『せっかく生き返ったわけだし、身体も普通に動かせるしね』

そう言って笑いかけると、あからさまに目を伏せた。
相変わらずわかりやすい奴だ。結果的に私を殺したことを、今の今まで8年間ずっと引きずってきたんだろう。
確かに、あの時は苦しかった。毒に身体を侵され、激しい痛みに襲われて。
そして何より、私を助けるために無茶をしてくれた竜が、自分を責めているのが辛かった。

『(きっと私が最後に簪返したのも追い討ちになってるわよね…)』

良かれと思ったことが思わず追い討ちになってたことに冷や汗を流す。
まぁ、その程度で引きずってる目の前の男も悪いと思うのでノーカンノーカン。

「・・・・・・その、ほんとにごめn」

『そぉい!』ドゴォ

「ゲフォ!?」

謝罪の言葉を聞く前に頬を殴る。
なんだこいつ硬いぞ!?昔は殴ったらそれだけで2日3日寝込むレベルで虚弱だったのに・・・!

「テメェ!いきなり何しやがる!」

『うっさいわね!アンタが何時までも終わったことでうじうじ悩んでるからでしょうが!』

「終わったことってなぁ!お前が生き返ってんだからまた始まっただろうが!」

『揚げ足とってんじゃないわよ!見なさいこの手、あんた殴ったせいで真っ赤じゃない!後で貴方の娘達に泣きつくことにするから』

「貴様ァ!」

また勢いに乗って煽ってしまった。
これは私の悪い癖だ、治そうとも思わないが。
さて、改めて・・・

『私は別に竜のことを恨んでないし、むしろ今のアンタを見て安心した』
『危ないこともしてるみたいだけれど、強くなったのね』

そうだ。もう、私の知っている昔の竜じゃない。
強く、逞しくなったし、遺憾ながら私が守られる立場になってしまった。
少し淋しい気持ちもあるが、絶対に言ってやらない。

『だから、私のことなんて気にしないでアンタのやりたいようにやりなさい』
『竜は、もう私がそばにいなくても生きていけるでしょ?』

そう、これでいいのだ。
別に身を引くとか、そういうのじゃない。私達の関係はそんな色気のあるものじゃないから。

「・・・ほんとに自分勝手なやつだよお前」

『昔からそうだったでしょ』

「・・・なら、俺も勝手にする。勝手にお前の世話を焼くよ」

『そんなの当たり前じゃない。私はアンタに何もしないけど、アンタは私に尽くしなさい』

「・・・・・・ん?」

『嫌ねぇ早とちりする男って。誰もアンタとの関係を無くすとは言ってないでしょ?』

「・・・・・・・・・」

おや、無言になった。
だけど本当にそんなつもりは無い。勿論、彼女たちには気を使うが、私が竜に気を使う理由は一つもないのだ。
むしろ、私に対しての負い目が無くなるまで尽くしてもらうとしよう。

『というわけで、これからもよろしくねー』

「・・・病人じゃなかったらぶん殴ってるぞテメェ!」

『きゃーこわい』

そうやって笑い合う。
8年間の空白があったとしても、私たちの関係は変わらない。
そして、これからもきっと変わらないだろう。
むしろ、あの可愛い恋人たちが増える分さらに面白いことになると思う。

ただ一つだけ、一つだけ星に願うことが許されるのならば。
『竜と、その周りの人々に幸福がありますように』
そう、心の中で願う私なのであった。



余談
『あ、そういえばこの料理教室って私も参加できる?』

「ん?出来ると思うが、お前の料理ってあの毒物レベルのはずじゃ…」

『うっさいわね。だから練習しようってんでしょ!花嫁修業ってやつよ』

「うわ想像出来ねぇ。・・・まぁ、多少は上手くなるだろ」

この時、甘く見たことを心底後悔する安藤竜なのであった。

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