【観念的変質生命体とその性質に関する報告書】
・第一、観念的変質生命体とは
この報告書を読むにあたって、初歩となる事柄を念頭に置いて貰いたい。
故に少々億劫だとは思うが、観念的変質生命体に関する説明を行わせて頂く。
観念とは物事に対して抱く考え方や意識の事である。この生命体は名称の如く、自己の存在を自身。或いは第三者の観念により変質させる。
神々との接触以前、はるか古来より存在すると考えられてきた天使、妖精、悪魔、妖怪、精霊etc……
各地の伝承に残るこれらの正体が、この観念的変質生命体なのである。
おおよそ常識はずれの思考ではあるが、これは紛れもない事実だ。
各地で目撃され、そうであると多数の人間に認識された結果、かの生命体は実際に自己を変質させ、そのように振る舞ってきたのだ。
そして、この世界にとって初の来訪者でもある。
有史以前よりこちらの世界へと渡り、我ら人類と共存していた存在。
それが観念的変質生命体なのである。

・第二、変質の条件
基本的に、自我を確立した観念的変質生命体が更なる変質を遂げることは稀である。
何故ならば、大多数からの認識と意識が自己の存在を確立する大きな手助けとなっている為だ。
これはこういうものである、という認識があり、己自身で強く変わることを望まない限りは、そうそう変質を引き起こす事はない。
逆に言えば、周囲から隔絶された環境下で育成することで、対象を望むままに変質させ、育成することが可能ということになる。
非人道的ではあるかもしれないが、これは今後の技術革新の希望となり得るのではないだろうか。

【神伐兵、あるいは神伐武装鋳造計画】
・神伐兵装とは
観念的変質生命体の特性を用い、あらゆる武器の扱いや特性を習熟させ、神殺しの概念を付与。
最終的に神を殺す為の兵士を育成する――――
或いは素材としての認識を与えて自我を殺し、完成させてから道具としての認識を刷り込ませて武装へと変質させる。
但し、この計画はまず実現不可能と言っても良い。
何故ならば、前提として生後2年未満、ようは物心が付く前の観念的変質生命体が必須となってくるからだ。
そして第二の問題として、対象の人生そのものを完全に奪い取る形となる。
これは我々が招いた問題であるのならば、その膜引きもどのような形であれ、我々人類が行わなければなるまい。
他種族を巻き込み、道具として利用するなどと、決してあってはならない事なのだから。

【とある研究者の日記】
殺してやる。

【とある研究者の日記】
理想論など必要ない。
殺してやる。

【とある研究者の日記】
素材は手に入れた。

【とある研究者の日記】
殺す。


褐色の肌を持つ少女が、無心で手にした武器を振るう。
何故、という疑問も、何のためにという疑心も持つことなど無く、ただ「そうあれ」と命じられ、認識されているが故に。
何処からか捕獲されてきた獰猛な魔獣を相手に、剣を振るう。
的確に相手の急所に叩き込み、感覚を身体に刻みつける為に。
「所有者様(ユーザー)。目標の沈黙を確認。課題の達成を報告致します」
数分の後、魔獣を仕留めた少女はガラスの向こう、高所から自らを見下ろしているであろう女性へ向けて完遂の報告を行う。
「次の武器を刻みつけなさい」
所有者様、と呼ばれた女は感情になんの起伏も起こすこと無く、少女に次の指令を与える。
自らの妄執――――神を殺す為の武器――――を鋳造するために。
「承りました。素材は素材としての使命を真っ当致します」
次なる課題を与えられた少女もまた、感情を動かすこともなく、無表情のまま、抑揚のない声で無機質に返答を返す。
彼女が生まれて間もなく、自らの暮らしていた場所から個々へと連れてこられて、8年が経過しようとしていた。
その間に教わったのは、様々な武器の扱い方と生命体の効果的な殺害方法、解体方法。
それに加え、神殺しについて理解を深めるための講釈。それらが延々と繰り返し行わされていた。
神をも殺す為の武器、その素材としての役割が自分に課せられた使命であり、そういう存在として名前すら与えられず育てられてきた。
だから、その過酷とも、異常ともよべる異質さに気付かない。
純粋に所有者の望むままに、道具として完成されつつあった。
「……もう少し、もう少しで完成する。成就する……そうしたら、そうすれば……!」
ガラス越しに淡々と課題をこなす少女を、否、その完成形である神伐武装を見ている女は、その姿を険しい視線で睨む男の姿に気づかなかった。
そしてこの見落としが、彼女の計画を全て水泡へと帰すきっかけとなるのである。

神伐武装鋳造予定日の四日前、一人の女が獣じみた叫び声をあげて荒れ狂っていた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
感情に任せて椅子を机に叩きつけて壊し、目につく小物は力の限り周囲へと投げつける。
整っていた部屋はあれ、鏡や瓶の破片が散乱、家具は破損。見るも無残な光景が広がっていた。
その手には何者かからむしり取ったのか、未だ血の滴る翼が握られている。
「誰が、誰がッ!!」
翼を両手で持って引き伸ばし、齧りついて乱暴に引き千切ろうと試みるが、しなやかな筋組織を持つ翼は一向に千切れる気配が見えない。
再び我慢の限界に達したのか、床に叩きつけて力の限り踏みつけ始めたが、そんな事をしても失ったものが戻るわけではない。
単なる八つ当たりでしか無いのは己がよく理解している。
だが、それでも。
それでも当たらずにはいられなかった。
なぜなら愛する夫と子供を失い、創造神への復讐を誓ってからの8年間が全て無駄になったのだから。
観念的変質存在の集落を捜索し、手駒を用いて生まれたばかりの赤子を奪い、武器の素材としての教育を行ってきた。
素材としての育成は順調に進み、もう少しで念願が叶うはずだった。
はずだった、のに。
「誰が余計な事を吹き込んだぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」
気がつけば素材は自我を得ていたのだ。
ベルカナ、という名前と共に、よりによって、自分と教育係のあの男の娘だと、そんな偽りを植え付けられて。
しかも、淫魔のクォーターだという余計な情報まで付けて。
かあさま、と呼ばれた瞬間、思わず手にしたボトルで殴りつけ、蹴り倒し、翼を引きちぎっていた。
痛い痛いと泣き叫ぶ様に苛立ち、もう一発蹴りを腹に見舞った所で意識が落ちたらしく、静かになったので放置して自分の部屋に戻ったのだが。
一向に、怒りが収まる気配が無い。
一体誰が余計な事を吹き込んだ。素材に個としての自我を与えたのか。
考えられるのは教育係のあの男ではあるが、アイツにそんな度胸と理由があるとも思えない。
そもそも利害が一致していたから手を組んだのだ、ヤツも武装を欲しがっていたではないか。
それをフイにするとは到底思えなかった。
「荒れているな」
男の声とともに、件の教育係――――男爵と呼ばれる中年の紳士然とした男が入ってきた。
「当然でしょう!やっと、やっと完成の兆しが見えてきた!あとは徹底的に道具として、素材として扱って、認識を変えればそれで……!!」
腸が煮えくり返るような怒りに任せて、近くにあった皿を投げつけた。
やかましい音が響いて粉々に砕け散り、辺りに陶器の破片が散らばる。
「誰が、誰が誰が誰が――――!」
首謀者を見つけて殺してやる、己のしでかした事を後悔させるまで痛めつけてから殺してやる。
その思考に支配されていたからこそ、気づくのが遅れた。
自らの腹を貫く、細剣の切っ先に。
「は――――あ!?」
遅れてくる痛みに身を捩り、辺りに絶叫を響かせる。
引き抜かれた細剣の持ち主は他ならぬ男爵であった。
「き、ざまぁ……!」
瞬間的に懐から取り出した薬品を己に打ち、傷を癒やすのと同時に戦闘態勢へと切り替わる。

「……もう、終わりにする時だ」
男爵は油断なく細剣を構え、異形の怪物へと変じつつある女と対峙する。
あの娘、ベルカナと名付けた少女は、無事に私の娘と合流できただろうか、と思考しながら。
「計画に加担した者として、ここで責任を取らせて頂こう――――貴公の妄執は、ここで、断ち切る」
創造神の尖兵によって無残に妻を殺されたあの日、何としてでも復讐を誓い、手段を模索する中でこの女科学者と出会い共謀した。
その計画を聞いて迷わず支援を行った。計画に気付いた娘は愛想を尽かして家を飛び出してしまった。
何も無くなって、一人の少女を武器の素材として教育する内に、ふと思ってしまった。
――――私も、同じ事をしているのだなと。
一度そう思ってしまってからは、もう続けることは無理だった。
だからこそ、少女にベルカナという名前を、攫われた時に身に着けていた衣服に書いてあった、本当の名前を返した。
自分とあの女の娘であるという、嘘の認識を少しづつ与え続けた。
参考となる意見が欲しくて、娘が家を飛び出す時に持っていった指輪、それがまだ手元にある事にかけて使い魔によるコンタクトを行った。
神の気まぐれか、娘は指輪を売ることも捨てることもせずに所有し続けていてくれた。
娘は私の謝罪を聞き入れ、協力してくれた。自我を芽生えさせるための様々な案をくれた。
先祖返りを起こした淫魔のクォーターであるという嘘を刷り込み。あの女の目を盗んで親子のように振る舞い。
そうしてゆっくりと、静かに積み重ねてきた物が、実を結んだ。
もとより道具として育てられた為か、奇跡が起きたのかはわからない、だが今日と言う日に彼女は。
彼女は確かに個として目覚めたのだ。
目を話した隙に、あの女の元へ向かっていったのは予想外ではあったが。
その間、娘に連絡を取って彼女を保護してもらうように頼み込んだ。
そして最後のケジメだ。
「もう二度と、貴様の計画には協力せん。継続もさせん!」
言葉すら話さなくなった怪物を見据えて宣言し、一歩を踏み出す。
最後まで身勝手な都合で振り回してしまってすまない。
紛い物の親ではあるが、せめて今後、君が歩む道に多くの幸いがあらんことを願う。


雨が降りしきる中、一人の少女が痛みと寒さに震えながら泣いていた。
街の広場から外れた細い路地に隠れ、自らを隠すように身体を縮こまらせて。
誰も少女のことなど気にかけない。あまりにも見慣れてしまった光景だからだ。
魔獣の襲撃や、戦火に巻き込まれて親を失ったものなど珍しくもない。
だから誰もが気に留めず、見て見ぬふりをして通り過ぎる。
その中で一人だけ、少女に近づく者が居た。
スーツに身を包み、黒い革張りの傘を差した女性。
彼女は震える少女に近づくと、自身が濡れることも厭うこと無く傘を差し出す。
ゆっくりと少女が顔を上げれば微笑んで、手を差し伸べて。
「行く場所が無いのか……それなら、私と共に来るか?」
震える少女は戸惑いながら、それでも差し出された手を取った。
「自力で稼げるだけの技術も仕込んでやる。厳しいがな」
スーツの女は差し出された手を取り、少女を抱えて歩いて行く。
「お前、名前は?」
問いかけに少女は逡巡し、けれど真っ直ぐに目を見て
「……ベルカナ。私の名前は、ベルカナです」
ぎこちない笑顔で、たしかに応えた。

このページへのコメント

作成お疲れ様でした
……元は別の存在、ですが、今が幸せならそれでいいかと思いますね

0
Posted by ゾディー 2016年09月24日(土) 19:30:26 返信

生まれに歴史あり。人それぞれいろんなことがあるもんだ。

作成お疲れ様でした。

0
Posted by 安藤竜 2016年09月24日(土) 18:59:36 返信

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