その日の目覚めは、あまり良くなかった事を覚えている。

なんだか体が痺れているようで。
瞼が重い、強い眠気と意識が朦朧としている。

感覚がはっきりとせず、息苦しいような
悪夢の中にでもいるのだろうか

気分が悪い…、そう思っても体が思ったように動かず
その日は意識を落としてしまった。

次の日は、なんともなかった。
何か極端に体の調子が悪い日だったのだろうかと訝しげに思い
先に食事を取り、シャワーを浴びた。

少し汗臭い服を脱いで、熱いシャワーにかかる。
暖かな温もりが体を覆う。

流れる水の音が浴室に包まれる、体を洗い流す。

サァアァアア――――……。

のんびりとその音に耳を傾け、ふぅ、と息を吐いた。

――――、そこで、意識を失った。

…そう判断するしかなかった、気づけば僕は浴室に倒れていた。

まさか…なにか悪い病気にでも掛かったんじゃないだろうか。

冗談じゃない、これから尖兵やランデルとの戦闘が待っているのに
大丈夫、だとは思いたいが、とりあえずナイチンゲールさんに診断して貰おう…

すこし…いや結構怖いが…。

杞憂かもしれない、そう思い、身支度を始める。
さっと水気をタオルで拭き取り、着替えなおし
いつもの癖で装備一式に手を掛けた。

グッと、力を込めて、持ったつもりだった。

手首が…痛むかと思うほどの負荷が掛かり、取り落としてしまう。

「……え?」

呆然と、散乱してしまった装備を見ながら僕は呟いた。
ただ掴み損ねたと思いたくて、錬鉄剣ムーアを持とうと、その柄を手に取る。

…ズンッッ、とその手に負荷というより過多と感じるほどの重さが掛かる。

気のせい、だよね?

じわりと、冷たい何かが背筋に走る。

嫌な、予感がした。

……その日、ナイチンゲールさんへの診察には行かなかった。

それが間違っていて欲しいと願って。

闘技場に向かい、何時ものように仮想ターゲットに剣を向ける。

一気に距離を詰めて上段斬り、叩ききろうと地をおもいっきり踏みしめ。
剣を振り上げようと、腕に全力を込める、何時ものように。

「!?」

がくんっ、と体のバランスが崩れる、蹴った力が足りずに
さらに剣の重さが体を引っ張り、つんのめる様な形で倒れてしまう。

ゾッとする想像が鮮明になっていく。

「嘘でしょ……?」

その日は眠れなかった、なんだか寒気が止まらない。


…次の日は、ジークさん主催の王様ゲームが開催された。
それに参加しながら、こみ上げる不安と、どうするべきかと思考を巡らし続けていた。
周りが楽しげにやっている中、僕は何をやっているんだ……。
そう思いながら時間だけが過ぎていく…、ジークさんには失礼だけど、このまま抜けてしまっても…、
ランダム性が強いし、当たることもないんじゃないか……。

「次は、アステル君と、レアさんだね」

………そんな事も無いようだ。
当たる前に居なくならないで良かった、と思うべきなのか。

どんな命令が、と気が紛れるかもしれないと、命令内容を見る…。
さっと血の気が引いた。

レアさんが、僕の胸に触る、という内容だった。

周りは逆じゃなくて良かった、だとかティラーさんから軽い殺気を感じた気がしたが
今、自分にとって、誰かに接触されるのは…、正直気が気じゃなかった。

弱くなってしまっていることがばれないだろうか…。

表情に出すわけにはいかない、ともかくこの命令中だけは、ばれないようにしなきゃならない。

そんな強迫観念にも似たような気持ちを抱きながら、誤魔化し続けていた。

幸いな事に、すぐに終わり、新たな命令へと移る、それ以降自分に命令が下される事は無く
王様ゲームが終わったら、装備一式を持ち出して、誰も居ないところで鍛錬を始めた。
誰にも見られないようなところで、何かの間違いだとそう考えたくて、一心不乱に自分の体を苛め抜いた。

「ぜ…ぜぇ…は…はぁ…」

錬鉄剣はとてもじゃないが、片手で扱えなかった、両手で持ってようやく、何とか動かせた。
ナイフも前のようにキレが無い、愕然とするほどの差だ。
体力も、恐ろしいほどに落ちている、それに合わせて魔力も無くなっていた。
ガ系は使えないだろう、影技も、ブレにブレて最早使い物にならない。
魔力刃、また刀身の形成が上手く行かない。

「…なんで…」

くらっと目の前が霞む、平衡感覚がおかしい、ぐらりと体が揺れる。
地面に倒れ込む、受身を取る余裕も無かった、ぐっと目を閉じて体に走る衝撃と
じくっと頭の奥に痛みを我慢した。

ざぁぁあぁあ、っと風が木々を強く揺らし海の荒波のような音を出す。
その激しさが癇に障る。

熱い、頭が熱い…、なのに体は冷えて、骨が軋む様に痛い。
脱力感と無力感が、全身を支配する。

「……なんで、弱く、なってるんだよ…」

弱弱しく事実を口に出してしまう。
じわっと、涙があふれ出る。

何かの病気や、不調では考えられないほどに、僕は弱くなっていた。
あんなに、鍛錬をして、模擬戦もして、ジークさん達を師事しながら…。

「何でだっっっっ!!!」

口から出た苛立ちの声、倒れたまま振るった拳が、ドンッと地面を叩く。
一向に収まる事の無い感情、むしろ声に出すと、余計にそれは大きくなった。

情けない、何かに当たる自分も、弱くなった自分も、無駄に苛立ちの声を上げる自分が
誰に向けるべきか分からない感情が、どんどん自分の中に溜まっていく。

分かっているこんな事は無駄だ。

弱くなった?仕方が無いじゃないか、ならもっと頑張れば良いじゃないか。

ジークさんに知らせて、もっと鍛錬しよう、模擬戦をやればいい、シンシアには
どう言おう、少し無理をするように知らせなきゃ。
ラケルさんに相談するのもいいかもしれない、フェリスさんだっている、ラッドさんもきっと
力を貸してくれる、きっと他にも皆が…皆が…皆に相談すれば…

慌てる事なんて何も無いじゃないか。
そう、言い聞かせて心を落ち着かせようと考えた。

だがぽつんと、黒い点のような不安が、ふと頭に浮かぶ。

………また強くなれる?本当に?

まほさんやまろうどさん、ペーチョさん達の言葉が、強く強く思い出される。
時間は多くない、君は凡人であると、そんなに何にでも手を出して大丈夫なのかと。

そう時間が無いんだ、ただでさえそうだったのに。

黒幕達との対峙はきっと遠い日ではない。

他の尖兵、そしてシュルクさんが言っていた、ランデル討伐も既に目と鼻の先の問題だ。

ぎりぎりぎり、奥歯をかみ締める。
まだ、できることがあるはずなんだ。
諦めてはいけないと何度も思考を巡らせる

どうにかすれば、どうにかしなければ……。

何度も何度も、相談することを考える。

誰かにお願いをして、また誰かの時間を奪って

元の力を取り戻そうと、思考を巡らせる。

戻ったとしても、対して役に立てない力を。

いつだって僕はそうだ、本当に役に立てた事なんてあるのだろうか?

ただの自己満足なのではないだろうか。

………あぁあ。

元の力に戻るほどの時間は…、無いのだ。

体の底から力が抜けていく。

「…あぁああぁ……」

誰の役にも立てない。

喉から情けなくか細い声が漏れる

むしろ自分がいる事で、皆の足を引っ張ってしまうかもしれない…。
試行錯誤したところで、何になるのだろうか、そう思えるほどに
弱くなってしまった。

「……あぁぁああぁあ…」

胸や、腹に強く爪を立てる、声を出すほどに苦しい。
掻き出してしまいたいほどの不安と恐怖がのたうち回る。

「あぁぁあぁ……………!!!」

皆が遠い、皆が…遠くに行ってしまう。

目を強く強く閉じて、頭の中で抱いてしまう負のイメージを追い出そうと必死になる
頭の中から、なにか熱が弾けた様に感じる、自分の感覚が一回り大きくなったような
自分の体の上に、圧迫感を感じる。

ぐわんぐわんと頭の中で何かが蠢く感覚、鮮明にイメージがどんどん作られていく
荒野でただ一人となっているように、皆が去った後に残るは無力な自分。

そこで、感情の臨界点に達した

「あぁぁあぁあああああああああああああぁあああああああああああああ!!」

獣の様な断末魔を上げる、このどうしようも負の感情を追い出したくて
叫べば叫ぶほどに、それはどんどんと大きくなって、全身に力を入れて
狂ったように叫ぶ、恐怖が止まらない、不安があふれ出る。

それを撒き散らすが嫌だと言う様に、幼児のように体を丸める
余計に其れが、見えない何かに覆いかぶさられるような錯覚を覚える。

服を噛み、顔を地面に押し当て、涙を流す。

苦しい、辛い、嫌だ…。

そんな言葉が嗚咽と共に流れ出す。

・・・それがどうしたっていうんだよ!立たなきゃ、進まなきゃ!
諦めていたって仕方がないじゃないか!

心の隅で、そう自分を奮い立たせようとするが
だけど心の堰が壊れたように、渦巻く感情が収まらない。
それが苦しい、口から息と共に吐き出そうとしているのに

こみ上げて、浮かび上がって、湧き出して
どうしようも出来ないほどに…、辛い。

土塗れになりながら、力尽きるまで、ずっと泣き続けた。

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