―――こうして、彼女は影に居場所を得た―――

「んー…先生の授業を始めるよー…うはぁ、めんどくさぁ…まずは文字の書き取りからかなー…」

「あ、影楼ちゃん、ご飯できてますよ。…ちょっと失敗しちゃいましたけど。
 …え、ちゃんと食べられるから問題ない?…うん、次は美味しいの作りますね…。」

「おう、影楼!おはようだ。…ん?俺か?ちょっと任務に行くところだ。
 未確認の魔獣が出たみたいでな。それの偵察だ。ま、すぐ戻るさ。それまで元気にしてろよ?」

「ちょ、ちょっと影楼様!?お風呂から上がったならちゃんと服着てください!
 あ、お嬢様、ちょうどよかった!影楼様が服を着ずに外に!男の私では対応するのはアレなので!」

色々な騒ぎを起こしながら、影楼は成長していった。



「…いいか?影楼。このカメラをお嬢の部屋に設置するんだ。大丈夫、何もやましいことはない。
 頭領はKENZENだから、やましいことはないから。」

「………小僧?小娘に何をさせようとしておる?…少し灸をすえるべきかのう?」

「……お、お嬢?や、やましいことはないから!頭領信じ…ごふぅっ!」



…成長していった。





「んー…ホント影楼ちゃんは物覚えがいいねー、先生楽かなー…んー、次は効率的なトラップの設置場所についてだよー…」

「よし…自信作です!どうですか影楼ちゃん!…え、問題なく食べられるよ?
 …うぅ、影楼ちゃんから美味しいって聞ける日は来るのでしょうか…」

「…ん、おう影楼。…俺か?ちょっと仕事に行って来るだけさ。…はは、無事に戻ってくるさ。」

「…影楼様、私も段々と慣れてきましたが、下着を着たからいいわけではありませんよ。ちゃんと上着とズボンを着てください…」

…それから数年が経った。影楼も影での生活に慣れ、様々なことを覚え、実践することも出来るようになっていった。
その為、影楼も影としての任務をいくつか任されるようになる。

「…いいか、影楼。お前の異能は、まだお前には使いこなせないだろう。だから、キーワードを設定しておく。
 『影よ』、このキーワードを唱えながら対象を選べ。そうすれば影の加護はお前に従う。
 …危なくなったら絶対に使え。いいな?」

初めての任務を聞かされたあと、頭領は紅く光る左眼を見せながらそういった。
その任務は頭領が選んだ、なんてことない偵察任務だったが…念を入れて、封印していた異能を解放したのだ。

「…大丈夫だよ、頭領。僕はこの場所に帰ってくるから。みんなが待ってるからね。」

影楼は、任務につくことへの不満も、恐怖もなかった。影の為に動ける、影の一員として動ける、そういった感情しかなかった。
偵察、潜入、調査…一度も見つかることなく、影楼は任務をこなしていった。

「あ、影楼ちゃんお疲れ様。ほら!今回はいつも以上に自信があるよ!いっぱい食べてね!」

「おう影楼、お疲れ様。今回は大活躍だったんだってな!よくやったぞ!」

「んー…影楼ちゃんおつかれー…影楼ちゃんは働き者だなー、ゆっくり休みなよー…」

「影楼様、お疲れ様です。いい茶葉が入ったので、後で緑茶と煎れますね。楽しみにしていてください。」

任務から帰った影楼を、影のメンバーはそういって迎えた。もう、そこには未熟な彼女は存在せず、影の一員、影楼が居た。





…みんなが、見てくれる。みんながいてくれる。その中に、僕がいる。
みんなと一緒にいて、みんなと同じことをして、みんなに認められた僕が居る。
僕は影だ、影は僕の居場所だ。僕は影に居る。

影に居られれば僕はいい。影の望むことができれば僕はいい。それ以外は、求めない。
命令があればそれに従う。教えられればそれを覚える。そうすれば僕は、みんなに見てもらえるから。



僕は感情なんてわからない。何が幸せで、何が不幸で、何が嬉しく、何が悲しいなんてわからない。
僕の過去に何があって、何故独りぼっちだったのかはわからない。
影以外の場所なんて、よくわからない。影以外の環境なんて、よくわからない。
訓練や任務で、痛さを感じたことはあった。疲労を感じたことはあった。けれども、辛いと感じたことはなかった。
美味しい?よくわからない。快適?よくわからない。楽しい?よくわからない。

――そんなもの、どうでもいい

どうでもいい、なんでもいい、知らなくたっていい。
感情なんて、過去なんて、影以外なんて、そんなものはどうだっていい。
僕は光に照らされていれば、それでよかった。居場所があればよかった。


カゲニイラレレバソレデイイ。カゲノタメニイラレレバソレデイイ。イバショガアレバソレデイイ。





…そんな日常が有ればよかった。それ以外は、特には要らなかった。それだけで、僕は僕でいられた。それ以外は求めなかった。


…けれど、僕はまだ知らなかった。日常はいつまでも続かない。物事に終わりが来ないことなんてない。
…変わらないものなんて、無い。



「…影楼、入室するよ。」

影楼が影に入って、4年程が経った。今や、本気で隠れた影楼を見つけられるものは影の中でも、数えられるほどしかいなかった。
任された任務は全てこなし、影楼の後に影に入ったメンバーからは、尊敬されるほどになっていた。
そんな影楼は今、頭領に呼ばれ執務室にいる。

「ん、よく来たね。といっても任務を言い渡すだけなんだけど。」

「…ん、今回はどんな任務なのかな、頭領。」

「まあ、護衛任務みたいなものだよ。…じゃあ、内容を伝えるよ。
 …この写真に写っている、医学者を守ることだ。医学者は近々、『箱舟』に乗る。それを護衛せよ。……そして」




―――この任務を、影楼の影としての、最後の任務とする―――


―――これは、彼女が…居場所を失うまでの物語。彼女が『箱舟』に乗るのは…もう、少し先の物語である……

光と影と影楼と 第三話 彼女が居場所を失うまで

このページへのコメント

作成お疲れ様でした!
……これから一体何があったんでしょうかね?

0
Posted by ゾディー 2016年09月17日(土) 21:43:14 返信

中々、欲の狭い状態だったわけですか。
頭領さんも、考えた末なのでしょうね。

0
Posted by クロマツ 2016年09月17日(土) 18:14:44 返信

KENZEN、うっあたまが。
影楼の話、何も知らねぇなぁ俺。父親なのに・・・。

作成お疲れ様でした!

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Posted by 安藤竜 2016年09月17日(土) 18:07:07 返信

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