語る程でもない遠征中の話

少しでも中立派、父親の手がかりをつかむ。そのためにベクターに頼んでここまで連れ来てもらった。

「……やっぱりこうなってる、よな」

かつて自分の暮らした土地は、既に焦土と化していた。
自分のお気に入りだった散歩コースも、よく通った店も、生まれ育った孤児院でさえも。

人の気配もしない。まるで最初からそこには誰もいなかったかのようだ。
瓦礫の山から、確かに人の営みは感じる。しかし、生気を感じない。…どこか、歪さ感じるほどに。

ジャリッ

静寂を破ったのは小さな足音だった。
そちらを反射的に向き、武器を構える。あの島に行く前には考えられない反応だった。
悪意との遭遇は受け入れるべき死であったから。しかし、今は僅かでも抗う力がある。
ゆっくりと、足音のした方へと歩を進める。
微かに残る茂みの向こう。そこには、

『や、やっほー?』

どこか見覚えのある少女の姿があった。
あれ、この子は確か…

「アンナ、ちゃん?」

『はい!お元気そうですね!』

赤い髪、幼い容姿に似合わない妖艶さを感じさせる少女、アンナ・シュヴェーゲリンが嬉しそうに微笑んでいた。



少し歩いたところで声をかける。

「それで、お前ら今どこに住んでるんだ?」

お世辞にも人が住める街ではなくなったこの場所で、彼女達は一体どうやって生活してるんだろうか。

『あ、えっと、言葉では説明出来ないので着いてきてもらってもいいですか?』

「?ああ、構わねぇけど」

彼女に促されるまま後を付いていく。久しぶりに見る彼女の姿は少し草臥れてはいるものの、自分の記憶の中にある姿とほぼ変わりはなかった。

『ここです!』

そう言って彼女が指し示した場所は、

「……屋敷?」

自分が働いていた屋敷、ヒューズ邸宅だった。
しかし、その外観を見ただけでもとてもじゃないが生活ができるような場所ではない。
壁は崩れ落ち、跡形もない。

「一体どういうことだ…?」

『まあ、見ててください!ていっ!』

彼女が掛け声をかけると、景色が微かに揺らぐ。そして、巧妙に隠されていたであろう地下へと続く入口が顔を出した。
どうやら地下シェルターへと続く入口のようだ。

「…………は?」

『ヒューズ様がここを発たれる前に、箱舟に乗ることが出来ず路頭に迷っていた者達を集めてここに避難させたんです!
何でもかつて喧嘩を売ったとある一族の隠遁術をパクったものらしい?です!』

「…………」

開いた口が塞がらない。
すっかり慣れた気でいたが、やはりあの男は底が知れない。流石にこの設備だけで尖兵たちの監視を掻い潜るのは無理だろう。
そのための隠蔽術、というわけだ。
つまるところ、

「びっくりシェルターじゃねぇか…」

『凄いですよね!箱舟が発ってから数ヶ月、みんな緊張感は絶やすことなくこうして生活出来てるんですから!まるで神様みたいです!』

まさか神様と縁があるとも言えず、沈黙するしかなかった。

『ささ、中へどうぞ!』

そう言いながら笑顔でこちらの手を引く彼女。シェルターの中を案内してくれようとしているらしい。

「いや、いいよ。あんまりいい顔されないだろうし、立場的にも良くないだろ?」

こちらへ憎しみを込めた視線をぶつける一人の少年が頭をよぎる。仲間達は仕方の無いことだ、と言った。自分自身も強がってキニシナイ振りをしていた。
しかし、自分が助かった陰で誰かの大切な家族が死んでいたという事実は、少しばかり重かった。
だから、ここで暮らす彼らに会うのが少しばかり怖かった。きっと恨まれている。何度自己否定しても、その想いだけは消えなかったから。

『んー、まあまあ、いいからいいから!』

「ちょ、おい待て!なんで引っ張る!」

『細かいこと気にしすぎよ!全く、少しばかりマシになったかと思ったのに、その自己嫌悪の癖は変わってないわねー』

「なんか口調違くねぇかなお前!」

『猫被るの疲れたのよ!』

人懐っこい笑顔を浮かべながら、シェルターの中へと引っ張られる。何故か、その腕を振りほどくことは出来なかった。



「…………」

言葉が出なかった。シェルターに押し込められた生活。普通に考えれば皆明日の生活への不安に怯えたり、死の恐怖を感じているはずなのに。

「みんな、笑ってる…」

『ふふ、凄いでしょ?皆、最初の頃はぎくしゃくしたりとか、喧嘩ごしだったりで大変だったのよ?』
『それでも、今は前を向いて生活出来てる。もちろん敵が来たらピリピリしたりはするけれど、ね』

そう、嬉しそうに語る少女。

『だから、アンタも変に抱え込むのはやめなさい。男なら胸はって、強引に引っ張ってくくらいでいいのよ。俯いて悩んでたって何も変わらないんだから』

その言葉に、何も言い返す気にならなかった。

『よし!みんなー!アンドリューが帰ってきたわよー!』


「アンドリュー、生きてたのか!?まさか、自力で脱出を!?」
『残念だったなぁトリックだよ!』
「賭けはお前の負けだな…!」
「ちくしょう!まさかくたばってないなんて!」
『貴方達不謹慎すぎません?』

『うん!相変わらず元気でよろしい!』

あの時のままの、バカ丸出しの住民達の声だ。
くだらない階級制度に囚われず、皆が思うがまま生活していた、あの時の。

「……ああ、くそっ。」

視界が霞む。ともすれば夢なのではないかと思う光景、されど、確かに人々は生きていた。
尖兵たちから逃れ、されど生きることから逃げることなく。

『あ、そうだ。ヒューズ様から手紙をあずかってるわよ』

ふと、彼女が思い出し懐から取り出した手紙を手渡してくる。

ーー先に言ってるぞバカ息子。悔しけりゃ追いついてこい。

思わず笑みが零れる。結局のところ、あの人に関することは一切掴めなかった。が、

「ーーはっ、上等じゃねぇか」

そう、笑みをこぼす。
変な確信があった。探さなくても、きっといつか向こうから顔を出すであろう確信が。

『それで、どうする?しばらくここにいるんでしょ?』

「おう、1週間くらいな。ここにいる間の料理は任せてくれ」

『やった!楽しみにしてるわね!』



この後、匂いにつられた魔獣を倒したり、屋敷の跡地から昔使ってたものが見つかったりと紆余曲折あったことを報告しておこう。

そして、俺は島へと帰ってきた。
彼らに別れを告げて。

「オノレェェエエェェェ!」
手紙に付いていた転移札とともに。

このページへのコメント

良い再会が有ったようですね。
ほのぼのとした、良い一幕です。

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Posted by クロマツ 2017年01月03日(火) 22:46:28 返信

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