これはちょっと昔のお話。ちょっと恐ろしくて、そしてちょっと理解のし難いであろう、そんなお話――

軍人さんがいました。軍人さんは創造神に抗う人間の一人でした。
軍人さんは自らを鍛え上げ、仲間を集め、神の先兵に挑みました。
結果は敗北です。軍人さんは「ダイス」を持っていなかったのです。
ただでさえ、神の力は強大です。「ダイス」を持たぬものが勝てるはずもありません。
逃げ出した軍人さんはぼろぼろになって何日も森の中を彷徨っていました。

「あれは灯りか――?」

軍人さんは森の中で灯りを見つけました。どうしてこんなところに?
軍人さんは訝しがりましたが、お腹が空いていた為、一縷の望みをかけて向かうことにしました。
もう空っぽのレーションの入れ物を舐める生活は嫌だったのです。

「こんな所にこんな場所があったとはな」

そこには小さな街がありました。街と言っても軍人さんが知っている街とは違います。
自然との調和を極限まで突き詰めて発展したら、そうなるであろうという一種の理想郷がそこにありました。
軍人さんは感動を覚えました。でも感動ではお腹は膨れません。なので住人に声をかけることにしました。

「すみません、この街の人ですか?」

無視されました。軍人さんは何度も声をかけましたが、ことごとく無視されてしまいました。
通せんぼもしてみました。その住人は軍人さんにぶつかって転んでしまいましたが、不思議そうな顔をして
そのまま去って行ってしまいました。まるで軍人さんなんて見えていないかのように――

「すみません」「ちょっとよろしいですか?」「いい街ですね」「ねえ、あんた」「おい、ちょっと」「俺を見てくれよ!」

何人も、何人も、軍人さんは声をかけました。目に映る人全員に声をかけたかも知れません。でも結果は同じでした。
誰一人として軍人さんに返事を返すことはありませんでした。
誰一人として軍人さんがそこにいると認識していませんでした。
そして軍人さんは気付きました。気付いてしまいました。
その街の住人の足元を走り回る小さな影を、そして頭の少し上を飛んでいく住人達を

「こいつは――」

軍人さんの膝下くらいまでしかない小さな子供。軍人さんの頭上を蝶のような光翼を背中から出して飛んでいる住人。
明らかに人間ではありません。ここは軍人さんの知らない異種族の街だったのです。
軍人さんは震えました。
異種族は文化も価値観も全然違います。故に接触には細心の注意を払えと叩き込まれていました。
彼らが何に対して喜んで、何に対して怒るのかわからなければ、理解できぬまま死ぬことさえもある、と
軍人さんは自分をまったく認識していない、この街の住人の異様さに上官の言葉を魂で理解します。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!」

軍人さんは走りました。街の出口に向かって走りました。
話しかけているうちに街の奥まで来てしまっていた軍人さんは、その時の自分を恨みながら全力で走りました。
全力疾走したおかげですぐに出口は見えてきました。
ありがとう訓練。血反吐を吐いてまでやった価値は今この瞬間の為に!

「後、少しで――っと、あれはなんだ?」

だがしかし、軍人さんは足を止めてしまいます。
何故止めたかって? それは足を止めてしまう程の異様な光景を見たからでした。
そこには傷だらけの少女が歩いていました。
身体のあちこちから血を流しています。いいえ、現在進行形で血を流させられています。
街の住人は少女に石を投げています。街の住人は少女に刃物で斬りつけています。
まるで挨拶でもするかのように、まるで昔年の恨みをぶつけるかのように、まるでなんとなく気分で、というように
ただ歩いているだけの少女を傷つけているのです。
そして何よりも異常なのは、その少女が穏やかな表情で、それを受け入れていることでした。

「ひっ――!」

軍人さんは逃げ出しました。今度こそ逃げ出しました。全力で走って。走って。背後に灯りが見えなくなるまで
ただ真っ直ぐに走り続けました。こうして軍人さんは無事に理解し難い異族の街から逃げ出すことができたのです。

えっ? 軍人さんはどうなったかって? 森の奥に行った人間の末路なんて一つでしょう?
軍人さんは森の住人と出会い、自然の一部になりました。

めでたし、めでたし――

このページへのコメント

異文化交流は中々難しいですからね。
しかし、”之を話しているのは誰で、何故知っている”
なんて考えると中々ホラー。

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Posted by クロマツ 2016年09月25日(日) 23:23:22 返信

作成お疲れ様でした。
妖精って怖い・・・。とは言っても人間も同じようなものか。

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Posted by 安藤竜 2016年09月25日(日) 23:21:21 返信

作成お疲れ様でした
軍人さんも運がないですね……

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Posted by ゾディー 2016年09月25日(日) 23:20:00 返信

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