高い山々に囲まれた、風が吹き抜ける緑豊かな草原。
人類の影などもはや存在しないような手付かずの自然の中で、見上げるほど巨大な亀がのっしのっしと歩いている。
神が人類を滅ぼすために作り上げた魔獣の一匹。ハンターや魔獣使いなどからはアダマントータスと呼ばれている個体である。

己が使命を全うするため、世界を彷徨うアダマントータスが草原を歩いていることは珍しくない。
発見されれば即座に情報が伝わり、避難しなければいけないほどの極大の脅威だが、幸いにも近くにコロニーや隠れ里などは存在しない。
いや、仮にそれが有ったとしても避難する必要はないだろう。
何故ならその個体はある個人によって躾けられ、神に抗う兵器として重宝されている存在なのだから。

「はぁ。しかし、うちのリーダーは何を考えているのやら。あの奇妙な箱船に乗れ、だなんて」

巨大な亀の背に乗っているローブを来た男性がため息と共に言葉を吐き出す。
彼は最大勢力の魔獣使いギルド『七皇』に所属している魔獣使いの一人。
先日まで守護獣と呼ばれている人類を神の軍勢から守ってきた稀有な魔獣の回収を命じられていた人物である。

苦労してようやく最優先対象である一匹の守護獣を回収した矢先に箱船へ潜入せよとの指令が下ったのだ。
神々が最終決戦が起こるこの時こそ、各地の守護獣の回収する絶好の機会だと思っている彼に取ってこの指令は全くもって意味不明なものである。
指令を下したベクターを信頼し、真摯に神の打倒を願う彼もため息を付きたくなるというものだろう。

「まぁ、あのベクターのことだから何か考えあってのことだろうけど。何の意味があってあんな――」

己に指令を下したベクターに思いを馳せていると、彼の耳に突然大きな地鳴りが聞こえてくる。
自然に起きた地震で発生する音とはまた違う。神々の最終決戦にはまだ時間がある。
感覚的に近いものはそう、彼の乗るアダマンタイマイが遠くから駆け寄る時の音。

「ゴガ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛アアアアアアァアアア」

轟音を撒き散らし、遠くの山向こうから大地を揺らしながら現れたのはとてつもなく巨大な竜であった。
山頂から此方を発見して叫び散らすキロメートル単位の巨竜。まるで山に山が乗っかっているような光景が広がっていた。
その背後からは小さな黒点と山を塗りつぶすような黒の大群が後を追うように出現している。十中八九、巨竜の眷属たちであろう。

「最上位竜種……それも3頭3口6目有翼のあの姿…………アジ・ダハーカか……」

魔物使いとしての記憶を頼りに彼はその正体を看破する。
かつてあった宗教、ゾロアスター教に登場する怪物をモデルに創造神が手ずから創り上げたと言われる魔獣。
3頭3口6目の有翼。頭はそれぞれが苦痛、苦悩、死を表し、翼は広げると天を隠すほどに巨大であるとされた怪物。
千の魔法などを駆使し、魂が存在する限り不死身。人類への憎悪を丹精込めて練り込んだ創造神の傑作殲滅兵器。
周囲にいる眷属たちは恐らく、誰かに負わされた傷口から生じたものだろう。
この先にある箱船へ集まる人々の匂いを嗅ぎつけて移動してきたのだ。

「…………どうするか」

アダマントータスの中に避難すれば、彼はこの場をやり過ごせる。
幸いにもアダマントータスの耐久力は魔獣の中で頂点に君臨していると言っても過言ではない。
アジ・ダハーカとその眷属の攻撃でも数週間は生き延びる。
奴は本能的に箱船に狙いを定めているから、たった一人の彼は簡単に諦めるだろう。
しかし、箱船に奴が辿り着けば被害は甚大なものとなる。当然、彼の命ぜられた指令は果たせない。
彼が顎に手を当てて少し悩んでいると己の後ろで何者かが動く気配を感じた。

あぁ、丁度いいのがいたな。と、彼は今まで静かだったので忘れていた後ろの存在を思い出していた。
黒のセーラー服とストッキングに身を包み、丸くなり眠りこけている少女。
艶やかな長い黒髪に今は閉じられて分からないがハイライトのない深い黒の瞳。
狐のような耳にこれまた狐のような大きく長いふわふわの九つの尾を持つ亜人。
先ほどの竜の叫びで少し身じろぎした彼女こそ、彼が苦労して回収した守護獣。
九尾・葛の葉と呼ばれし魔獣が亜人化したものだ。

食事以外は殆ど眠っているため未だ実力が不明な彼女だが、その力は目の前の竜に匹敵するものであると彼は確信していた。
彼女に命じて箱船に向かうアジ・ダハーカを撃退すれば、無事に指令を遂行できるようになる。
ついでに今まで不明だった実力もある程度判明して一石二鳥という算段だ。
仮に撃退できずとも近くの仲間を呼び寄せる時間くらいは稼いでくれるだろう。
そんなことを思いながら、彼は眠っている葛の葉に指示を飛ばす。

「起きろ、九尾・葛の葉。眼前の敵を討ち滅ぼせ。後で油揚げをくれてやろう」

人間が神に与えられた力、ダイスの力を乗せて魔獣を使役する。
その魔獣使い特有の魔生の言葉は睡眠中であろうと心の深層、頭の奥底に響き渡るようになっている。
深い眠りから目を覚ました九尾・葛の葉は指示を感じ取り、油揚げのために迫りくる眼前の敵を殲滅せんとゆっくり立ち上がる。

「流石は守護獣、白面金毛九尾の狐と言ったところか」

それはものの数秒の出来事であった。暴風が巻き起こると目の前には大地を彩る血の華だけが残っていた。
気がついたら殲滅されていたが、魔獣使いである彼には九尾・葛の葉がどのような動きをしたか理解できた。

片足を軸にして身体ごと回転。同時にぶわりと毛を逆立て、巨大化させた九つの尾を竜に向かって一薙ぎ。
荒々しい風が巻き起こる。超硬質化された尾の毛が大量に混じる金色の風は触れたものを総て粉微塵になるまで切り刻む。
眷属はこれだけで撃滅された。アジ・ダハーカは表面を削られながらも持ち前の不死性と魔法で生き残っていた。
しかし、次の一撃。アジ・ダハーカに向き直った九尾・葛の葉から放たれた、銃弾を遥かに超える速度の九つの尾で不死身の肉体は消滅する。
肉体だけではない。魂まで純粋な物理攻撃で打ち砕かれ、血煙とされたアジ・ダハーカはもう箱船を狙うことはできないだろう。

彼の想像以上の化物であった。成る程と一人彼は納得する。これは最優先で回収を命じられたのも分からなくはない。
頭の出来を除けば神の最高傑作と言っても良いと仲間内で言われていたのも理解できた。
ダイスの力と魔獣の能力を高める魔具を使用していたとしてもこれは破格と言っていい。
また、指令を下すことで九尾・葛の葉の魔獣使いにとっては嬉しい性質も判明した。
本人は自分が神罰によって亜人化したと言っていたが、正確には違ったのだ。
九尾・葛の葉は亜人ではなく、魔獣が人型となった存在である。

それの何処が嬉しいのか。と、普通の者ならば思うだろう。しかし、これは魔獣使いにとっては重要なことである。
魔獣使いが十全に扱えるのはあくまで魔獣だけ。亜人ならその血に宿る魔獣の力を引き出したり、亜人になる前の魔獣の本来の力を増幅しなくてはならない。
しかし、人型をとった魔獣ならその必要がない。潜在能力を引き出し、ダイスの力を上乗せする魔獣使いの強みが存分に発揮できるのだ。
人型の魔獣である九尾・葛の葉は頭の出来を除けば、魔獣使いにとって最高の魔獣であろう。
その代わりと言っては何だが九尾・葛の葉は人が与えられしダイスの力を上手く使えないらしい。が、魔獣使いにとっては瑣末なことだろう。

ちらりと敵を殲滅してまた眠り始めている九尾・葛の葉を彼は見やる。
創造神を倒すにはこれでもまだまだ力不足。だが、それでも創造神の打倒という目的には何十歩も近づいた。
これからベクターの指示通り、箱船に潜入する。今は雌伏の時。
箱船に向かう彼は創造神の打倒を目指して力を蓄える。
狐は油揚げを楽しみに眠り続ける。

このページへのコメント

不死身のドラゴンを倒すとはスゲェな
九尾の怒りだけは買わないようにするか…
(作成お疲れ様です)

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Posted by 只之人 2016年09月16日(金) 21:06:10 返信

魔獣も色々凄いものですね。
彼らが当たり前に根付いたならば、又一つ世界が豊かになるのでしょう。

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Posted by クロマツ 2016年09月16日(金) 20:31:17 返信

私達のパチもんかぁ、唯のでかい羽根付き蜥蜴やんけ!

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Posted by ラケル 2016年09月16日(金) 20:19:19 返信

なんというか、私には想像もつかない存在の大きさ…森の外の世界は本当に広いです

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Posted by レア 2016年09月16日(金) 19:32:32 返信

これが噂の魔獣使い・・・。
てか狐強い・・・!!

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Posted by 安藤竜 2016年09月16日(金) 19:18:58 返信

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