永遠に日の昇らない島、■■■■■■島。
 そこには長年一匹の吸血鬼が住んでいて、流れ着いた人間を吸い殺すという伝説があった。
 一般的には外界との接触を拒む先住民の部族が定住しているということになっているが、
 実際に上陸した人間は一人も帰ってきたことは無いので、その真実は杳として知れない。

 ――そして今、その島の全景を拝める程度の距離の海面に、一隻のクルーザーが停泊していた。
 船には二人の男が乗っている。その内の一人が蝙蝠羽ばたくその島に双眼鏡のピントを合わせながら愚痴をこぼした。

「人類終わってんのに残業とはねぇ…ブラック企業極まれりだよ、まったく」

 双眼鏡を外し、舵輪に足を掛けながら操縦席に座って島の様子を伺うのは、動きやすい軽装に身を包み、頭にバンダナを巻いて煙草を吸っている男だった。
 盗賊然とした恰好のその男は、船室で武器をいじる男に向かってサングラスを整えながら話しかける。

「……勇者さんならこのご時世、仕事なんて引く手数多でしょうに。
 神のお遊びであっちゃこっちゃド派手な魔獣幻獣魑魅魍魎が暴れまわって…お偉いさんから指名も入ってたっしょ?
 何だってこんな地味な仕事取ったんで?」

 勇者と呼ばれた男は、船室に腰を下ろしている、ぼさぼさの頭に無精ひげを生やした壮年の男だった。
 勇者が末世に取った任務――任務といっても依頼人も居なければ報酬も無いのだが――それは、未開の島の調査であった。
 しかし勇者たちは無論のこと世間一般の常識の範疇には収まらず、故にこの島に吸血鬼という超常の存在が居ることを確信していた。
 客席に座る男は、現在から数えて数百年も前の旧式の銃を、綿のようなもので丁寧に掃除していた。
 その手を止めないまま面倒そうに口を開く。

「顔も知らん奴をわざわざ俺が救ってやる義理も無い。どうせ最後なら俺の好きなことをするさ。
 盗賊。お前こそ、俺なんぞに付き合う必要無ぇはずだぜ。さっさと自慢の船で何処ぞの安息地にでも逃げればよかったろうに」

「今更平和な場所に隠居決め込むなんざ、退屈で死んじまうね。つーか何ぃ? その得物。
 伝説の聖剣も秘宝の弓矢もあるのに何でそんな骨董品屋に並んでるようなのチョイスしてんのよ」

「…これは十代前の勇者が使っていた吸血鬼狩りの銃だ。
 この銃が吐き出した銀の銃弾が、当時の吸血鬼の九割を壊滅させた。
 ……俺の見立てではそろそろ人間もそんな感じだな。狩る側から狩られる側に回ればあっけないもんだ」

「無常だねぇ。俺らの旅も全部無駄か」盗賊はそう呟くと、停泊していたクルーザーのエンジンを入れた。
 大分オンボロな中古船のようで、エンジンをかけても時間を置かなければ動かない。
 多少の沈黙が船を覆っていたが、やがて耐えきれなくなったのか盗賊が口を開いた。

「…そういや、気になること言ってたなぁ。勇者さん、顔も知らん奴を救う義理は無いとか何とか。
 じゃああの島には誰か知り合いでもいるのかね? 生きて帰ってきた奴は一人も居ないって話だけどさぁ」

「順序が違うだけだ。大した話じゃねえよ。
 十代前の勇者が、この銃で吸血鬼の根城を制圧した時、一匹の吸血鬼の娘を取り逃がした。
 その娘が落ちのびた先がこの島だっただけのことだ。
 命からがら逃げたは良いが、落ち着いてみれば流水に取り囲まれて帰れなくなったんだろうな。馬鹿な吸血鬼だ。
 ……勇者はこの銃と一緒にその娘の写真も残していた。それが今日の標的だ」

 ガシャン、と勇者は弾を装填し、戦闘準備を完了する。銀の散弾。当たれば吸血鬼の滅びは必至だろう。
「もういい、船出せ」と勇者が盗賊に促す。盗賊は軽い返事で答え、エンジン音が大きく唸って船体が前へ進み始めた。

「しかし写真ねぇ…。見たいなぁ、見たい、見せてくんない? 持ってるんでしょ勇者さん」

「断る」

「何でぇ。惚れてる訳じゃないでしょ? まさかねぇ」

 その言葉に勇者は少し眉を反応する。
 長年の付き合いであった盗賊は、その仕草から勇者の図星を付いたことを察してしまった。

「…マジかぁ」

「…まあ、初恋ではあった。今は知らん。だが一度直におまみえしたいとは思ってたところだ」

 そう言うと、勇者はピッと運転席に向かって紙切れを飛ばした。
 盗賊は二本指で器用にぴっと受け取ると、それは思った通り写真であった。
 中には齢一桁程度に見える幼女が映っている。
 盗賊は何かコメントを言おうと口を開いたが、その直前で背中に銃口がこちらを向く気配を感じた。

「先に言っておくが俺の初恋は五歳だ。余計なことを言うなよ」

 勇者の殺気を背に受けて、盗賊は冷や汗をかきながら慎重に口を開いた。

「…へいへい。まぁ最後にあんたが頑なに女を抱かない理由が分かって良かったよ。
 男色家とかだったら絶望するところだった……もう着く。無駄口はここまでにするかねぇ」

「ああ。まぁ、化物だと言うなら関係無い。いつも通りやるだけだ――」


 あえて島での描写は割愛する。
 会話もあったし、発見もあった。だがそれは語ることではない。
 戦闘自体はたった数秒、ただの一発の銃弾で決着した。
 結果として、倒れ伏して気を失っている吸血鬼の娘を背に二人の男は島を後にする。


「――結局、顔だけの女だったな。最悪の性格だったぜ。百年…いや、二百年の恋も冷めた気分だ」

 勇者は盗賊の懐からぶんどった煙草を吸いながら、ぬるい常温の酒を開けていた。
 それを受けて盗賊も酒瓶を片手に平気で飲酒運転を敢行する。

「ま、"アレ"打ったなら今までよりゃもうちょいマシにはなるんじゃないかねぇ。
 ちゃぶ台引っ繰り返すようなモンだし、これから先どう転ぶか分っかんないけどさぁ…。
 ……さて、勇者さん。暇になっちまったけど、これからどうするよ?」

「あぁ、そうだな…。神共相手にこのまま突っ込んで海戦でもけしかけるか。適当な武器は貨物室に突っ込んである。
 適当に酒でも飲みながら暴れて、生きるか死ぬかはその時考えれりゃ上等だ」

「ハハハッ! いつも通り過ぎて特に言うことが無えや。あんたそれで死んだこと無いでしょ。
 代わりにいっつも俺が死にかけるんだけどねぇ。ああいや、付き合いますよ? じゃ、ま、気の変わらないうちに出発だ」

 海原にエンジン音が低く響く。凪いだ海面にそれ以外の音は無かった。
 船内はエンジン音でうるさかった程ではあったが、それでもやはり盗賊は沈黙を嫌って口を開いた。
 少しだけ気になっていたことがあったから。

「なあ、勇者さん…。あんたが方舟に乗船拒否したのって、最初からあの子乗せる気だったからか?
 あの島にボロボロのチケットまで持ってきてたとは、俺も知らなかったよ」

 その問いにすぐには答えが帰って来ない。
 勇者は瓶に残った酒を飲み干すと、酒瓶の中に煙草を捨てて栓をし、海に投げ捨てた。
 それは彼なりの、吸血鬼に向けたメッセージボトルだったのかもしれない。
 勇者は口に残った煙草の煙を吐き捨てて言った。


「いや……船のデザインが気に入らなかっただけだ」

このページへのコメント

作成お疲れ様でした!
……まぁ、確かにあのデザインは仕方ないですね
それにしても二人ともいい方ですね……

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Posted by ゾディー 2016年09月14日(水) 17:01:11 返信

・・・・・・・・・・・・!?なるほどな、色々細かい事情があるらしい、

作成お疲れ様でした。
おっさん達かっこいい・・・!

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Posted by 安藤竜 2016年09月14日(水) 14:21:08 返信

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