カタカタ、ある部屋にキーボードを叩く音が響く。
アパートの部屋には樹人の男が一人、チャットソフトでの対話をしている。

クロマツ:「矢張り、厳しいですかサトウマツさん。」

サトウマツ:「ああ、どうにもな。人類の底力を全力で信頼しても1,2割って所だ。
     全てを賭けるよりは、幾らかを割いて芽を残すべき。
     俺たちの戦力を考えれば妥当な所だと思うぜ。」

クロマツ:「せめてもう百年位はこうして翻訳業をやって行きたかったのですがね。
     神々も中々せっかちな事です。」

サトウマツ:「全くだ。神も人みてえにせっかちだとは知らなかったぜ。
     だがまあ、之ばっかりは仕方ねえよ。
     俺は予定道理アメリカ大陸でのシェルター計画に参加する。お前さんは・・・」

クロマツ:「第一コロニーの方舟計画に。ええ、チケットは既に確保してあります。
     最終確認ですが、貴方達の”樹人百科”の準備は済みましたね?」

サトウマツ:「応。保存すべき情報の”記載”は済み、俺たちサトウマツの”樹人百科”は完成した。
     記載言語数だって10超え、之だけ有れば独自言語からでも、対照比較で読解可能だろうさ。
     日本語版への助けには感謝してるぜ?翻訳家サン。」

クロマツ:「此方こそ、クロマツ種の米国語版作成には世話になりましたから。
     ・・・之で貴方との会話も最後でしょう。そう考えると寂しいものですね。」

サトウマツ:「湿っぽいぜクロマツ。永くて1,2万年もすりゃあ俺達のミームを継いだ樹人が
     再会する事もある。一寸した辛抱ってもんだ。」

クロマツ:「ええ、その為の計画です。上手くやりましょう。・・・能く朽ちる事を。」

サトウマツ:「お前さんも能く朽ちる事を、だ。」

「クロマツ」さんが退室しました
「サトウマツ」さんが退室しました



チャットを、友人との最後の挨拶を終え、クロマツは立ち上がり、荷物の確認を始める。

「方舟のパンフレットに従った旅行用具一式、問題なし。
各種書籍を入れてある太陽光充電PC、物理的・術的保護も十分。・・・永く持っても50年、飽く迄一時の慰めですが。
旅路で翻訳する為の本20冊。・・・物足りませんが、余り多くを持っていくわけにも行けません。
・・・そして、記載言語を増やすためのマイナー言語資料。良し。」

一つ一つ、口に出し、指差しながら確認し、欠けが無い事を納得してトランクを締める。
明日には方舟に乗る。
種を遺し、次に繋げるための船に。

「人類が滅びても、樹人が滅びても、植物はきっと滅びない。
ならば、私達樹人は苗床を遺しましょう。
或者は森に、或者は都市に、或者は秘境に・・・そして私は方舟と、その至る先に。
滅びの後、新たに生まれる樹人が私達の知識を継げる様に。」

マツ科樹人の計画を独白する。
これから去り、恐らく自分が戻ってくる事は無い此処と、故郷の森への感傷故に。

100年も掛けずに滅ぼしに来たせっかちな神々だ。
人類も樹人も居なくなれば、ほんの2,3000年もせずに飽きるだろう。
その後の為に、それぞれのマツ科種族は保存するべきと定めた情報を纏め、”樹人百科”を編纂した。

その後まで”樹人百科”を遺せれば私達の勝ちだと。
何れ唯の木から新たな樹人に進化する者が現れ、言語を突き合わせ、解読し、私達の遺産を継いでくれるだろうと。

「木は何れ倒れ、腐り、次の芽の苗床と成るもの。
神々よ、この円環さえ崩れなければ私達(樹人)の勝ちです。」

最後にそう呟き、クロマツは眠りについた。
方舟と、遥か未来の樹人達を夢見て。

このページへのコメント

作成お疲れ様でした!
今日より明日を……かっこいいですね

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Posted by ゾディー 2016年09月11日(日) 18:19:06 返信

作成乙
2万年後かぁ、私は残っているかな?

0
Posted by ラケル 2016年09月11日(日) 18:10:04 返信

人間様にはわかんねぇ話だわなぁ。

投稿お疲れ様です。
なにやら壮大なストーリーが。

0
Posted by 安藤竜 2016年09月11日(日) 18:06:33 返信

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