海は万物の母であり、すべての海は繋がっている。
即ちバミューダ=ラビリンスもあらゆる海につながっていることは明確である。
無様にも藍色の悪魔の化身に船ごと海中に吹き飛ばされた具足武者は荒ぶる海流の中、
アクア=カラテを器用に使い何とか海面に浮上しようとした。
船のメンタル=アンドロイドであるレ=Q=サンもバグって使い物にならない。
只「レレレ」とレスポンスを繰り返すレレレのお舟となっていた。
マイッタネ=コイツァー、と考える余裕は具足武者にはなかった。
ザッパン!
アクア=カラテの応用で海流を上空に投げ飛ばし、具足武者と船は海中から射出された。
上空に投げ飛ばされた具足武者は思った
「ワッツ! アオイ=ブルー=スカイ?!」
具足武者が投げ出された空は青かった、決して超弩級の蜘蛛が浮かぶ奇天烈な色をしているわけでもない。
普通の蒼の空に雲が浮かんでいた、すなわちこれは常世の海である。
稀に現実の海からバミューダ=ラビリンスに紛れ込む船がある。
逆もまた然り、具足武者はバミューダ=ラビリンスからはじき出された。
「ヤッタアアアアアアアアアアアア!!」
具足武者は歓喜の雄たけびを上げた、誰も地獄にいたくはないのだ。
ただ具足武者は思い出した、常世では自分たちはバンデット、賞金首であることを。
オルカ=トラジエントは自らとアビス=シンジゲートが賞金首になったことで、バミューダ=ラビリンスに引き籠ったのだ。
海の中は修羅の国、弱い立場の者が一方的に喰われる存在。
故に非捕食者に成り下がるのを良しとしないオルカ=トラジエントの非常に高度的判断により、
アビス=シンジゲートは無法地帯より下のバミューダ=ラビリンスに潜航したのだ。
つまり後ろ盾もなく、娑婆に置き去りにされた賞金首は囲んで棒に叩かれるのだ。
「アイエエエエ……ワレナニスル? ナニスレバヨシ?」
「レレレ」
船は未だポンコツであった。

◇◇◇

幾ばくかの時が流れた。
具足武者は未だ海面を船と共に漂っていた。
右腕には酒を、左腕にはお肉を持ち、ぼんやりと海を眺めながら食事をしていた。
付近の海は赤く染まり、鮫たちが宴会を開いているところである。
音楽を聞きながら食事をするのは文化的な行為である。
昔、オルカ=トラジエント=サンに言われたことがあるなぁと具足武者はそう思い返した。
「これがワビサビ……是非もないな」
ふと具足武者が呟いた。
この声を聴いたものは声の主を人間と間違えるだろう。
何故なら具足武者の体はいつもの魑魅魍魎の姿ではなく、服を乱雑に纏った男の姿であったのだ。
この人間の姿には理由がある。
いつもの姿はお尋ね者の姿である、故に具足武者は変装をするために
とある魔女の家を訪れ、自分の姿を変化させる薬を魔女と取引をしたのだ。
そのために深海に存在する希少な触媒や、沈没した魔術書などをサルベージしたりとこき使われたが
七難八苦を経て、具足武者は人間に姿を変化させる霊薬を手に入れた。
それとおまけに解除役を貰い、今は海を漂いながらバミューダ=ラビリンスに帰還する方法を模索しているのだ。
自分から帰りたいわけではない、ただ帰らなかったらいずれ舞い戻るボスに殺されるのを恐れているだけである。
「ゴポポー、しかし人間の体は不便なものだ、固い爪も固い鱗もない、手も四つもなくなってしまった」
ベトベトに汚れた五本指の手をなめながら、ふと横を見るとたいそうな箱が置いてある。
先ほど髑髏の旗の船から頂戴したものである、元の持ち主たちは鮫の宴会で一緒に騒いでいた。
これまでも幾度も船を襲ったことはあるが、この手の箱の中はたいていいつも食えない金属だけである。
今回も同じであろうと、燃え盛り沈んでいく船の中に置き去りにしようと思ったのだが、この箱は奇妙にも少し揺れるのだ。
そして気まぐれを起こし、そこそこの大きさの箱を持ち上げて自身の船へと持ち帰った。
動くのであれば生き物であろう、そう思い開けてみるとそこには赤子がいたのだ。
齢一年もないであろう赤子はすやすやと箱の中で寝ていたのだ。
一つのガレオン船が沈むほどの戦闘のさなかでも起きなかったのだろう、相当肝が太いと具足武者は思った。
「レ=Q=サン、人間の子供を拾った、某はどうすればいい?」
「レレレ」
船は未だポンコツである。

◇◇◇

「ドーモ=魔女=サン、具足武者=デス」

「……今は悠長に挨拶している状況ではないでしょうに……」

「助けてほしいか?」

「……対価は?」

「お前が欲しい」

「はぇ?」



◇◇◇



「イヤーッ!」
「踏み込みが足りない、イヤーッ!」
「グワーッ!」
五年の月日がたった。
子供はすくすくと成長し、今ではナイフを片手に具足武者に切りかかるほど元気である。
無論具足武者に人間の子供など育てられるわけがない。深海生物にベビーシッターができるか? できねぇよ。
故にだいたいの育児は魔女が行った、サンキュー魔女フォーエバー魔女。
もちろんこれはギブアンドテイク、魔女狩りに追われた魔女をかくまう代わりに育児をさせる、完璧な策である。
ただスペインの異端審問官に垂れ込んだのはどこぞの深海生物である、いまだバレてはいない。
今は船の上でカラテの稽古をして子供は海に吹き飛ばされた、それを見た魔女はまたか、という表情をしながら具足武者に話しかけた。
「またあんたこの子にこんなことさせて……」
「カラテは大事だ、コジキにもそう書いてある」
「いや魔術よ、この子には才があるの、アタシの魔術を覚えさせるの」
「カラテだ」
「魔術よ」
具足武者と魔女が言い争いをする、一方子供は海面で波にもまれていた。
毎日カラテと魔術の稽古、食べるものは深海の珍味オア人肉もしくは魔術的栄養がたっぷりの魔女の料理。
子供は着実にグレていった、残当であった。
「レレレ」
一方船は海に落ちた子供をサルベージしていた。

◇◇◇

「なぁ……親父」

「なんだ」

「……なんで俺を拾って育てたんだ」

「暇つぶしだ」

「死ね」

◇◇◇

更に五年の月日が流れた。
子供は少年へと成長し、ナイフの扱いも多少はマシになっていた。
この年になると具足武者は良く少年を戦場に放り投げていた。
通りすがりの船に少年を投げ込み、一緒に強奪や殺戮を繰り返した。
人間はよく人間に殺される、具足武者の経験則であった。
十年も育てた少年を殺されるのは具足武者にとって面白くないことであった。
だから死なない程度に傷をつけた、殺されないように殺し方を教えた。
餌は奪うものだと教えた、敵は喰らうものだと教えた。
天敵からの逃げ方を教えた、強敵から生き延びるすべを教えた。
少年は具足武者の教えを着実に吸収していった。そのたびに傷が増えた、そのたびに人間性が削れていった。
日に日に感情が薄れていく少年を見ながら魔女は何かを決め悩んでいた。
「レレレ」
船は血だらけの少年を看病していた。

◇◇◇

「……アレは?」

「……逃げたわよ」

「そうか」

「……それだけなの」

「人間はそろそろ親離れの時期だろう」

「……やっぱり何も感じないのね、アンタは」

「何を感じればいいのだ」

「……もういい、アタシもそろそろお暇させてもらうわ」

「そうか、好きにすればいい」

「……アンタには愛想が尽きたわ」

◇◇◇

幾つか時が流れた。
魔女も少年も船からいなくなっていた。
具足武者はただ一匹、船で海を漂っていた。
そろそろバミューダ=ラビリンスに帰らなくては
ボスからの大目玉で自分が死んでしまうことを確信しているからだ。
その儀式のために必要な触媒を海をゆっくりと漂いながら探しているのだ。
七色の貝殻、生命の松明、黄金龍の鬣、海神の髪の毛。
それらをなんとか調達しながら、とある特定の海域までゆったりと漂う。
その時だ、一つの黒い船が司会の隅を通った、こちらに向かってくるガレオン船だ。
掲げる旗は髑髏、海賊船という奴であった。
これまで幾度となく海賊船を襲撃していた具足武者にとって、それは敵ではなかった。
ただ少し小腹がすいていた、何かつまもうと潜ろうかなと思っていたところだった。
故に具足武者は海賊船に飛び込み、いつものように強盗を始めた。
だがいつも通りとはいかなかった、やけに強いナイフを持った男がいたのだ。

◇◇◇

「久しぶりだな、糞親父」

「……ああ、お前か」

「……アンタは昔からそういう男だったよ、それだから母さんからも逃げられるんだ」

「そうか、アイツは元気か?」

「女房と一緒に仲良くやってるさ」

「そうか」

「……なぁ糞親父、なぜ俺を拾った? なぜ俺を育てた」

「暇つぶし」

「……本当にそれだけか」

「そうだ」

「俺に殺し方を教えたのも、俺に生きるすべを教えてくれたのも、全部か」

「そうだ」

「……やっぱお前は人間じゃねぇ、化け物だよ」

「元々人間ではない」

「ならここで死ね、化け物」

「そうか」

◇◇◇

「ボス、グソクムシャ=サンが戻ってきましたぜ」

「……愚者か……生きてたのか」

「まったく驚きましたよ……けど船は沈んでもうダメらしいですぜ」

「ケジメだな、腕もぎ取って来い」

「ハイヨロコンデー!」

◇◇◇


此処は深き深き海が底、具足武者はとある洞窟に身を潜めている。
体にはどす黒い血が染み込んだナイフが刺さっており、そして写真が入ったペンダントがあった。
だがこれらのことを具足武者の記憶にはない、変化解除薬の副作用で人間であった時の記憶をきれいに忘れてしまったのだ。
具足武者は疑問に思った、この刺さったままのナイフは何なのだろうと。
このペンダントに移ってる人間は誰なのだろうと。
考えてもわからないので、具足武者は考えるのをやめた。
此処は深き深き海が底、今もなお具足武者は生きている。

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