「貴方様のお手数を煩わせてしまい、申し訳ありません。しかしアレはもう我々の手には――」
「構わん。俺も貴様のいうアレに興味が出てきた所だ。聞く所によれば妖精の女ということではないか
魔獣の群れや神兵からたった一人で、自分以外に、もう誰もいない集落を護る妖精の女――
強き女だ。そして哀れな女だ。我が寝所で癒してやろう。これは神の慈悲だ
さあ、俺の新しき女の前に案内せよ」
「はっ!」

人間の味方をしている妖精がいる。始まりはその報告から始まった。
見せしめにその妖精がいる集落に魔獣を仕向けさせた。しかしそれは悉く撃退された。
これでは足りぬのかと、もっと大量の魔獣を仕向けさせた。しかしそれでも悉く撃退された。
人間の神兵の部隊を仕向けた。しかしそれも撃退され――

「ふん。どれほどの益荒女かと思えば、今にも手折れそうな花ではないか」
「お気を付けください。不用意に近づいた仲間が何人もやられております」
「要らぬ心配だ。貴様はそこで見ていろ」
「――! はっ!」

妖精の女がいる。傷だらけの女だ。ずっと一人でこの妖精郷を護ってきたのか。
元々は美しい場所だったのだろう。草木は生い茂り、花が咲き乱れた楽園――
しかし、今は見る影もなく。枯れた草木と、踏み荒らされた花しかなかった。
いや違う。まだ花は残されていた。傷だらけになってもまだ手折れていない花。
それを摘もうと近づき――

「…………ほう?」

花は棘を持っていた。数十mの距離を一気に詰め、その棘をこちらに向けてくる。
妖精の光翼を使った突撃からの高速の乱舞。殺傷範囲に入った存在を悉く屠るという強き意思。
それを角笛で軽く弾きながら、その花の表情を見る。

「多少傷がついているが美しい花だ。光栄に思えよ? 貴様は俺のモノになるのだから」
「――っ!」

その頬に触れる。花は――傷だらけの妖精の女は一瞬、驚愕の顔を見せると、手を振り払い即座に離れていく。

「少しはやるようですね。しかし妖精さん、負けません! ここは、この場所は…「仲間」の愛した場所は…
妖精さんが護ります…!」
「なるほど。確かにこれは魔獣や神兵では荷が重いか――」

距離を離すつもりはなかったが、想像以上の力を持つ妖精だったらしい。
面白い。ますます自分のモノにしたくなる。しかしこれ程の力を持った妖精はおそらく――

「貴様、≪女王種≫だな?」
「……?」

こちらの言葉に傷だらけの妖精の女は眉根を寄せる。
どうやら自覚がないらしい。まあ、それならそれでいい。
どうせやることは変わらない。美しい花は手折って、愛でてやるだけだ。
≪女王種≫は妖精郷そのもの。死んだ妖精はマナへと還り。そのマナは≪女王種≫に還る。
たとえ妖精郷が滅びても≪女王種≫が残れば、≪女王種≫が産んだ妖精が大地を満たし、
妖精達は、妖精郷は再び蘇る

「何も知らぬとは哀れだな。あまりに哀れで愛おしいぞ」
「何を――!?」

嵐のような剣撃を角笛で弾いていく。そう猛るな。思わず壊してしまいそうだ。
この傷だらけの妖精は何も知らぬらしい。自分がどういう存在で、どうして生き残っているのかを
≪女王種≫を妖精郷から排斥すれば、その妖精郷は滅びる。
創造神様を裏切った、裏切り者を排斥しなければ、妖精郷は滅ぼされる。
故に彼らは選択したのだ。
裏切り者の≪女王種≫を妖精郷から排斥して永劫の滅びを選ぶか、
裏切り者の≪女王種≫を残すことで刹那の滅びを選ぶか、を――

選択の結果は見ての通りだ。
妖精達は刹那の滅びを選択し、裏切り者の≪女王種≫に総てを託した。
≪女王種≫は滅んだ妖精郷に満ちていたマナをその身に満たしたことで力を得て、生き残った。
妖精郷は滅び、裏切り者の≪女王種≫が生き残ったのだ。
気になるのは、妖精達がこの≪女王種≫に何故、何も教えなかったのか、だが――

「ん? 考え事をしていたら終わってしまったな」
「……あ…う…あ…」

うっかり力を入れすぎたらしい。息も絶え絶えの傷だらけの妖精の女が足元に転がっていた。
その様子を見て、少し悪戯心を思いつく。
無理やり起こし、意識を取り戻させると、その瞳を覗き込む。
≪女王種≫と言えど、所詮は妖精。その意識に入り込むのは容易だった。

「貴様の名前は?」
「……フェリス」

うつろな瞳で傷だらけの妖精の女は名を名乗る。
どうやら上手くいったらしい、こうなれば後は思うがままだ。

「フェリスか、ならばフェリス。我が名を刻め、我が名はパン――」
「パ…ン…」
「そうだ。パンだ。フェリスよ、貴様は我に従え、このパンの為に生きるのだ」
「パンの為に…生きる…」
「そうだ、お前はこのパンの為に身を捧げるのだ」
「……はい、妖精さんはパンの為に…身を、捧げます」

上手くいったようだ。後は――






「よろしかったのですか? あれを箱舟に乗せるように仕向ける等――」
「要らぬ心配だな。俺の洗脳は完璧だ。あれはこの俺の為だけ行動するようになっている
それに言峰は創造神様に忠誠したとはいえ、信用できん。多少はこちらの手のモノを紛れ込ませておかねば、な」
「差し出がましいことを申しました。お許しを――」
「構わぬ。しかし上物を逃がしたのだ。その分、今夜は覚悟しておけよ?」
「はっ! 我が身と心は貴方様の為に――」





箱舟にて

「妖精さん、暇です。何か暇つぶしに本でも買って――」

その時、フェリスに電流走る…!

【妖精でもわかる。おいしいパンの作り方】

「すみません、この本をくださいますか?」

このページへのコメント

え、ええっ…確かにギリシャ神話にいますけど
あの本を置いていた本屋さんに感謝

0
Posted by レア 2016年09月21日(水) 22:59:10 返信

作成お疲れ様です〜!
なるほど、これが妖精さんとパンの出会いだったのですね……まさに運命!

0
Posted by メイル 2016年09月21日(水) 22:44:37 返信

パンはギリシャ神話に出てくる神様の名前ですね。

流石にマイナー過ぎたかも…?

0
Posted by フェリス 2016年09月21日(水) 20:56:52 返信

パン、パンってなんだ・・・。

作成お疲れ様でした。
シリアスなのかコメディなのか・・・。

0
Posted by 安藤竜 2016年09月21日(水) 17:37:25 返信

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