此処は島近くの深海洞窟、具足武者はここにて瞑想していた。
あらゆる情報を断ち、思い返すは島での出来事。
それは彼が生きて生きた時間の中では数少ない時間、しかしそれが彼が生きてきた時間の中で最も鮮烈なる時間。
己がカラテを容易く上回る者、己が肉体をはるかに超越する者、己が全てを上回る者。
迫りくる神々の下僕、世界の理を超えた超越者、希望教の勇者。

「グ」

瞑想が乱れる、その身を包むのは青ざめた恐怖。
原初の記憶、小さく非捕食者の時間を思い出す。
身を裂かれ、鎧を砕かれ、爪は通じぬ、まさに肉塊の如き命であった。
何故自身がここに至ったのか、原初の記憶は薄れていて分からない。
ただ何か大いなる存在と会合したことだけは鮮明に覚えていた。

『珍獣かしら? けれども随分と弱り果てているわね……よし! この慈悲深き女神アクア様が慈悲をかけてあげるわ!』
『泣いて感謝しなさい! いい? 貴方は私に助けられました、だから貴方はこれから私の信徒よ!』

それは彼にとって原初の福音であり、それは彼の原初の信仰であった。
再び命を得た彼は流れに流れ、カラテの鍛錬のために世界の海を旅していた剛腕蝦蛄にであう。
彼は剛腕蝦蛄からカラテを教わった、同じ異常進化した同類といったこともあってか剛腕蝦蛄は彼の良き友となった。
剛腕蝦蛄の弟分となった彼は剛腕蝦蛄と共にカラテのたびに出た。
北の海にてヒトガタを殴り合い、東の海にて龍を目撃し、西の海にて無敵艦隊と相対し、南の海にてバカンスを楽しんだ。
その時彼の知能は今よりもはるかに低かった、しかしその記憶は今でも彼のニューロンに刻み込まれている。
だがそのたびも長くは続かなかった。

『ドーモ=オルカ=トライジエント=デス。うちのモンが世話になったな』

一撃である、鍛え上げたカラテも奇奇怪怪たるジツも一切合切使えなかった。
海の絶対強者であるオルカとの立合いに負け、彼と剛腕蝦蛄はオルカの組織アビスシンジゲートに入ることとなった。
それに拒否感はなかった、なぜなら彼の価値観では自分は死んだも同然であったからだ。
弱肉強食は世界の理、それは彼の少ないニューロンの中身の一つであった。
アビスシンジゲートはオルカの作った組織だ、海の社会からのはじかれ者が集う化け物集団だ。
彼らは深海に巣くい、零れ落ちた魂や海底資源を回収する役目を担っていた。
カラテを高めながら、自身らの同類と殺しあう毎日は彼にとって充実した毎日であった。
しかしそれも長くは続かない。
彼らの役目は奪われ、彼らは異海へと身を投じることとなった。
オルカの能力でアビス=シンジゲートに属する者は海にて不死身。
死んでも死んでも蘇るのだ、それは初代海王との決戦の果てに得たオルカの呪いでもあった。
故に彼らは異海でも死ななかった、死ねなかった。
世界の逸れ共たちと戦う日々は彼のちっぽけな精神を削るには十分なものであった。
ヨモツヘグリ、災厄を齎す蛇、旧神の幻影、滅びの怪獣、海そのもの。
それ以上は彼のニューロンに記録できない。
彼のニューロンには穴がある、ある一定の期間だけの記憶がないのだ。
それを彼は気にしなかった、それは彼にとってよくあることであった。
自身のニューロンが一巡し、彼は再び目を開けた。

「心、愛、優しさ、それは某に必要なものであるか」

彼は再び瞑目した。
彼は島に上がってから劇的に成長した。
人間の幼子が大人になるまでの時間をたった数週間にまで成長したのだ。
彼の筋力は増加した、彼のカラテは高みに至った、彼の知恵は十倍に膨れ上がった。
しかしだ、彼は、彼の心は成長していなかった。
彼の原初の異能である異常進化は肉体にのみ作用する、故に精神の成長は止まったままだ。
七百年生きようとも、虫けらが人の心を得るのにはまるで足りないのである。

「吾不理解也、しかしロボットは善きことなり」

だがここにロボットがある。
心を持たぬ鉄の絡繰りが彼の心をノックしたのだ。
始まりは己のカラテ不足を補う手段であった。
しかしそれは彼の未成熟な心に燃え滾る情熱を灯したのだ。
それは幼子が玩具に夢中になるようなものであった。
だがそれは紛れもない彼の心が得た炎であり、彼のソウルが一回り成長した証であった。
鉄は熱いうちにハンマーセッション、彼のソウルはさらなる輝きを求めている。
ソウルが求める輝きは彼が島で見た人間の輝きであった。
生物としては圧倒的に劣っている人間のソウルは、
圧倒的強者に立ち向かう希望のソウルは、
彼にとって爆裂的衝撃であった。
故に彼のソウルは求めるのだ、高みへと至るため、原初に刻まれた福音がささやくのだ。
「弱者に慈悲あれ」と。

「WASSYOI!!」

彼は勢いよく海面へと浮上する。
今や彼の脳裏に迷いはない、すべては称えるべきアクア様のため、すべては弱きもののため。
我がカラテ、我がライフ、我がソウル、我がロボット、すべてが光り輝いていた。
「やるべきこととやりたいことが一致する時、貴方は世界の声を聴くであろう」
古のニューロンに刻まれた言葉であった。

「我こそはアクシズ教の勇者也!」

そうだ、アクシズ教を作ろう!
そしてほぼ壊滅状態の世界をアクア様の教えでいい感じにするのだ!
そのためにはビャクランをスレイして、兄貴たちを誘って組織を作ってるのだ!!

「グーシャッシャッシャッシャ!!! グーッシャッシャッシャ!!!」

かくして彼は答えを得た。
彼はアクシズ教を全世界に広め、弱き人々を助けるためにソウルを燃やすこととなったのだ。
のちに彼は愛を知ることである、だがそれはいまではないし数百年近くは無理そうであった。

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