とある亜人一族についての話

あ?あの毒飲みの一族について話が聞きたいって?
確かに、俺は10年くらい前にとある金持ちの護衛で、奴らの里に踏み入ったことがある。
それでも、ほとんど、奴らのことは知らねぇぞ?ほんとほんと。
っと、へへ。わかってるなお前。酒をくれたら口が滑っても仕方ないな。
それじゃ、話をしてやる。とはいえ、ほんとに短い話だし、信じるか信じないかはお前次第だぜ。



とある大陸の秘境だった。
その金持ちは学者だったみたいでな、そいつの案内でそこまで行ったんだ。
草木が生い茂り、霧が立ち込め、人どころか動物すらいない、異様な場所。
拍子抜けした、護衛に来たつもりが一度の戦闘もなくたどり着いたんだから。
少し歩くと、開けた場所に出た。そんでその金持ちが突然言い出したんだ。
「護衛はここまででいい。ここからは僕一人で行こう。」
んで、その言葉とともに突然姿が掻き消えた。びびったね。最初からそこにいなかったかのようにほんとに消えたんだから。
そしたら、仲間の魔導師が違和感に気がついた。
消えたんじゃなく、ずれた場所には侵入した。そいつはそういった。
ようは神隠しとか、そういう類らしい。そういう本来の世界から隔絶されたとこに、奴らの里はあった。
で、その魔道士、イザークと俺は他の仲間を置いてその隠れ里に入った金持ちを追ったんだよ。



地獄みたいな場所だった。
そこに自然の営みはなく、澱んだ空気、そこらから吹き出す瘴気、そしてそれを笑顔で享受する気狂い共。
大型の魔獣すら殺せちまうような毒沼に子供を放り投げる親、それを楽しむガキ。
こちらまで頭がおかしくなるところだった。
何よりも恐ろしかったのは、侵入者である俺達相手に、一切の興味を示さない。
奴らは、奴らの中で完結してる。そう思った瞬間、震えたね。
そういう一族だって話は事前に聞いてた。
だけど、現実として突きつけられると俺もイザークも、言葉が出なかった。

しばらく俺とイザークは奴らの里の中を歩いた。
それでわかったことは、奴らは文字を持たないということ。
だからこそ、ここまで徹底的に秘匿され外に彼らの情報が持ち出されないのだろう。
言葉も、まるで聞き覚えのない言語。かろうじて聞き取れたのはハイドラ、という四文字。
「ハイドラとは、おそらくかの毒竜ヒュドラのことだろう」
イザークのやつがそう言った。

ヒュドラ。俺達の間じゃ有名なやつだ。
それは一個の個体を指すのではなく、九つの首を持ち強力な毒を持つ竜種の総称。
唐突に現れ、辺り一帯を人の住めない環境に変え、そして気がついた時には消えている。
多くの人間がやつらの討伐を試み、そして死んでいった。
討伐例もあったが、討伐したやつの殆どがやつらの残した毒で死ぬ。

「おそらく彼らの反応からして、ヒュドラを信仰ないし尊敬しているのだろうね。」
その言葉を聞いて納得した。
この常人なら足を踏み入れただけで死にそうな環境で平然としてるのも、毒に対して何の忌避感がないのも、その信仰とやらなんだろう。
噂どおり気が狂ってる。毒飲みの一族。
そんなことを考えてた時、突如として鐘が鳴り響いた。

「なんだ!?」
イザークの驚愕の声とともに、何かが走ってくる方向を見ると依頼人が一人の少女を抱きながら走っていた。
「あれ!?なんで皆さんが!?僕待ってるようにって、ってそんなこと言ってる場合じゃない!逃げますよ!!」
色々と言いたいことはあったが、逃げる、という提案には諸手を挙げて賛成だった。
鐘が鳴ってから、周囲からの視線が殺意に変わっている。
ようやく侵入者として俺達を認識したのだろう。
俺達は奴らの放つ矢や、けしかけてくる魔獣を退けながら、なんとか命からがら逃げ切った。
何発か掠ったがな。毒にしては威力が強くなかったみたいだ。
いや、本当に死んだと思ったね。



その後?依頼人としっかりOHANASHIをして事情を聞いたよ。
奴らから花嫁泥棒とは剛毅じゃねぇか。つっても、なんで奴らと交流があったのか、それが謎だけどな。
依頼人のその後は知らねぇさ。そこまで詮索しない、きっと今でも嫁さんと仲良くやってるんだろうよ。
まあ、こんなところだ。そんなに面白い話じゃねぇだろ?
ははは、しかし珍しいな嬢ちゃんみたいな若い子がこんな話に興味を持つなんて。
ん、礼なんていいさ。酒で口が滑っただけだし。
それじゃ、気をつけて帰れよ?

しかし、あの嬢ちゃんの顔とあのエンブレム、たしかどこかで・・・。
ーーーあれ?なんで俺は、倒れてるんだ。身体が痺れて動けない。
ゴホッ、血が止まらない。視界も霞む。
ああ、なるほど。奴らの仕込んでいた毒は、こういうことなのか・・・。
クソッタレ・・・。そこまで徹底した秘匿主義かよ。


その日、一人のハンターが死んだ。
勇名で名を馳せた男は酒場において酒を飲みそのまま死んだとされる。
あまりにも、あっけない最後だった。

END
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